《運命の糸って私はあると思う。でもその糸は、たまにほつれる。そして切れることも…ある。でもまたそれは何かにつながる。生きていれば必ず何かにつながる。そういうふうにできているんじゃないのかな、世の中って…》
8月22、23日と土・日の全国映画動員ランキングにおいて、初登場でトップに立ったのは『糸』(瀬々敬久監督、東宝)。13才で恋に落ちた高橋漣(菅田将暉・27才)と園田葵(小松菜奈・24才)の仲が、ある出来事によって引き裂かれる。
離れ離れになったふたりは8年後、偶然が折り重なって再会。さまざまな人との巡り合いや、人生の岐路を乗り越え、大きな決断をする――。
冒頭のせりふは、漣の妻・桐野香(榮倉奈々・32才)が亡くなる前に夫に発したもの。この言葉をきっかけに、切れたはずの糸がまた紡がれていく。
ほつれて、切れて、そしてつながる「運命の糸」が物語のモチーフになっているのには、理由がある。この映画は、1992年に発売された中島みゆき(68才)の名曲「糸」を映画化したものなのだ。音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠さんが語る。
「中島さんは自分の作った曲について、一切説明や解説をしません。自由に聴いて、解釈してもらうことが彼女のスタンスなんです。自身のプライベートを表に出さないことも、自分のすべての思いをぶつけている歌詞や曲を、先入観を持たずに聴いてもらうためです」
歌に秘めた思いや、近況を明かすことはない中島。
「横の糸」である彼女が、最愛の「縦の糸」を失ったことは知られていなかった――。
亡くなった母を思い続けて
8月下旬、うだるような暑さの昼下がり。紺色のハットにメガネ、マスクを装着して、黒のパンツに白い上着を合わせた中島が、都内の老舗百貨店に颯爽と姿を現した。
リュックサックを背負った彼女はテキパキと食料品などを選び、素早く買い物を終えると都内の邸宅に帰宅した。めったに姿を見せない「歌姫」が、わずかな時間だけ、下界に舞い降りたかのようだった。
実際、中島はテレビ、ラジオから雑誌にいたるまで、メディアに登場することは極端に少ない。かつては深夜放送のディスクジョッキーを長く続けたが、それも声だけのラジオ出演だった。