【著者に訊け】田中ひかる氏/『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』/中央公論新社/1800円+税
それは御一新とは名ばかりの封建的体質や前例至上主義に風穴を開ける、〈直談判〉の歴史でもあった。田中ひかる著『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』は、荻野吟子、生澤久野に続く、日本で三人目の公許女医・高橋瑞の生涯を中心に、近代医制の歩みや時代の空気までも活写した、小説仕立ての群像劇である。
著者・田中氏は『月経と犯罪』『生理用品の社会史』といった著作もあるように、女性が女性であるがゆえに社会的、歴史的にどう扱われてきたかが主な研究領域だ。その点、女性は医学校に入ることすら許されない中、相次ぐ陳情や直談判によって自ら道を切り開いた瑞たちの行動は、なるほど快挙以外の何物でもない。それにしてもなぜ一人目ではなく、三人目の女医をテーマにしたのか?
「えっ、こんな人がいたんだと驚くくらい、私には瑞(みず)の人生がピンポイントに面白かったんです。もちろん吟子や久野や、四人目の女医・本多銓子の人生もそれぞれ個性的なので、本書でも結構ページを割きました。でも特に瑞の場合は医者になってからの記録しかなく、なぜ三河出身の彼女が群馬にいたのかなど、前半生が謎だらけだったのです。
そんな史料的に部分しか残っていない瑞の全体像や人間像を、今回はできれば若い人にも読んでほしいと思い、小説仕立てにしました。それこそ吟子は小説 (渡辺淳一『花埋み』)や映画(『一粒の麦』)にもなっているのに、瑞の場合は正式な記録のある功績すら、ほぼ知られていないので」