【書評】『移民がつくった街 サンパウロ東洋街 ―地球の反対側の日本近代』/根川幸男・著/東京大学出版会/3900円+税
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)
サンパウロは、ブラジル、いや南米最大の商業都市である。日系人たちの入植も、ここを拠点としてひろがった。彼らの多くがすんでいたリベルダーデ地区には、目に見えるその痕跡がたくさんある。
なかでも、ガルヴォン・ブエノ通りは、日本的に見える。道の両端へもうけられた街灯は、すずらん灯の形になっている。ハイウエイをまたぐ橋の名は大阪橋。そして、大阪橋のすぐ南側には赤い大鳥居が、そびえたつ。まあ、ここをくぐっても、神社へたどりつくわけではないのだが。
日本人が雄飛の夢を見て、この国へむらがったのは二〇世紀になってからである。いわゆる両大戦間期には、とりわけおおぜいの人びとが移民となって渡伯した。しかし、この時期、サンパウロに日本色をあふれさせた街区は、まだできていない。
赤い鳥居をはじめとする日本的な光景は、一九七〇年代になって浮上した。うまく日本語をしゃべれない新しい世代が、日系社会のなかでもふえていく。そんな時代をむかえてからなのである。この街区が、日本的と見える形象でいろどられだしたのは。