武田薬品工業は、ビタミン剤「アリナミン」や風邪薬「ベンザブロック」などで知られる一般用医薬品事業を米投資ファンド大手、ブラックストーン・グループに売却すると正式に発表した。看板商品ともいえる大衆薬を手放す同社は、いったいどこへ向かうのか。ジャーナリストの有森隆氏がレポートする。
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武田薬品工業が売却を決めたのは、完全子会社の武田コンシューマーヘルスケア(TCHC、東京・千代田区)。金額は2420億円で2021年3月31日に売却を完了する。今回の株式売却により、武田薬品本体の純利益が1050億円カサ上げされるという。
8月24日のオンライン記者会見でクリストフ・ウェバー社長は、
「当社はバイオ医薬品企業であり、医療用に集中している。ブランドの成長やポートフォリオの拡充、広告(宣伝)投資などを考えると、武田が(大衆薬を)やっていくのは難しくなってきた」
と売却理由を説明し、さらにこう述べた。
「日本でタケダといえば、ほとんどの人がアリナミンを思い浮かべるほど強いブランド力を築いており、ぜひとも維持したいと思っていた。しかし検討の結果、オーナーとして十分にビジネスを育成できる会社に譲渡するのが最適と判断した。成長を促す投資ができないのなら持ち続けるのは正しくない。
売却は従業員やタケダを作り上げてきた先人にとってもつらいことで、私自身も困難な決断だった。数年かけて考えた結論で、従業員にも理解してもらえると思う」
かつての武田はアリナミン王国だった
大衆薬は医師の処方箋が不要でドラッグストアなどで購入できる医薬品のことである。武田CHCは2016年4月、武田薬品の大衆薬部門を分社化して設立され、翌2017年4月に営業を開始した。
「アリナミン」は武田薬品の名前を全国区にした看板商品である。
戦時中から38年間にわたって社長・会長を務めた6代目武田長兵衛は、1954年に日本初のビタミンB1剤「アリナミン」を売り出した。「タケダ、タケダ、タケダ」のCMソングに乗って、1960年代には全利益の半分をアリナミンが稼ぎ出すというお化け商品に育ち、アリナミン王国を築いた。1987年にはドリンク剤「アリナミンV」を発売し、こちらもヒットした。
武田薬品が飛躍する一丁目一番地である、そんな「アリナミン」を売ったわけだ。確かに現在の売上高で見れば、武田CHCは武田薬品のほんの一部に過ぎないが、それでも多くの日本人にとって「アリナミン」は今でもタケダの顏なのだ。消費者と直結する企業にとって、いわば名刺代わりとなる看板商品なのである。日本の消費者との接点である大衆薬を手放せば、どうしても日本市場とは疎遠になる。
売却先のブラックストーンは運用資産約5640億ドル(約59兆円)の世界最大級の投資ファンドだ。都市部のビルやホテルなど不動産を中心に投資をしている。日本には2007年に拠点を設け、2019年、鎮痛剤「カロナール」を持つ中堅製薬、あゆみ製薬(東京・中央区)を1000億円で買収するなどヘルスケア分野の投資実績もある。
ブラックストーンは買収後も「アリナミン」や「ベンザ」など主要製品は引き続き販売し、武田CHCの従業員の雇用も継続するとしているが、新しい社名を検討しており、タケダは使わない。もっとも投資ファンドは買収した企業や事業を軌道に乗せた上で売却するなどして資金を回収する。武田CHCは将来的には株式を上場することも視野に入れている。