叩き上げの苦労人が、支え続けた総理の無念を受け止め出馬を決断――菅義偉氏自身が語り、メディアが喧伝するストーリーだが、それにしてはあまりに動きが早過ぎはしないか。『総理の影 菅義偉の正体』(小学館刊)でその実像に迫ったノンフィクション作家の森功氏は、この出馬劇を「茶番」と断じた。森氏がレポートする。(敬称略)
シナリオはできていた
すでに首相の椅子を約束された政権ナンバー2とアテ馬の候補者を連日テレビに出演させ、マスコミが一所懸命総裁レースを盛りあげる――。目の前で展開されている自民党総裁選のバカ騒ぎをひと言で表わせば、そうなるだろうか。
「安倍政権の継続に雪崩を打った」とか、「ダークホースが大本命になった」とか、いろいろ言われているが、選挙前から官房長官の菅義偉の総裁就任が決まっている。ただし、新聞やテレビが騒いでいるように、それは安倍晋三が8月28日に辞任会見したあとに決まった流れではない。
私の耳に官邸関係者からその一報が届いたのは、8月20日のことだ。首相が3日間の休養をとって公務に復帰したあくる日木曜の午前中だった。
「菅さんが立つことに決まりました」
官邸関係者は唐突にこう打ち明けてくれた。この時点ですでに「安倍退陣、菅へ政権禅譲」のシナリオができているというのである。
「これまで総理は麻生先生など、ごく近い限られた人だけに退陣の相談をしていました。とくに麻生先生には15日に私邸で話したとき、『臨時代理を頼めないでしょうか』と言う総理に対し麻生先生が『それはまずい。少し休めばいい』と説得したのです。このとき辞める腹を固めていたのでしょう」