ライフ

【大塚英志氏書評】村上春樹は比喩や寓話で歴史を語るな

『猫を棄てる 父親について語るとき』/村上春樹・著

【書評】『猫を棄てる 父親について語るとき』/村上春樹・著/文藝春秋/1200円+税
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 村上春樹の最新作『一人称単数』は、短編集とはいえ、どこか世間が「社会的距離」でもとっているような冷めた感じを受けるのは、ぼくだけか。仮にそうだとすれば、前作『騎士団長殺し』で南京大虐殺に言及、今回も直前に出したエッセイ『猫を棄てる』で、父親の中国兵捕虜の斬首について語っていることと無縁ではないだろう。

 不都合な歴史への言及は『1Q84』以降、随分、ライト(「軽い」の意味で、「右」ではない)になった彼の読者を怯ませるに充分で、世間も何か遠巻きにしている印象だ。

 しかし父親についての告白に触れる時、ぼくが困惑するのは、中国兵捕虜斬首者としての父の象徴として、村上の小説の中で繰り返し描かれてきた皮剥ぎボリスやジョニー・ウォーカーという「比喩として」(村上)の惨殺者らの人物造形の「浅さ」だ。それが村上の演出だったとはいえ、文字通り紙のように薄い。そしてその「薄さ」が、仮託された歴史の重みに耐え得ていなかったと、今更露わになった感がある。確かに、村上春樹が歴史修正主義的なものに政治的な違和を抱いているのは発言からも解る。同意もする。

 けれども、『猫を棄てる』では、父は南京虐殺に関与していなかったと証明し、その父は冒頭の捨てた猫が戻るという挿話で、ネコ殺しの罪(村上文学の中で今や何の「比喩」かはいうまでもない)から、あらかじめ許されている。

関連キーワード

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン