認知症の母(85才)を支える立場である『女性セブン』のN記者(56才)が、介護の日々の裏側を綴る。今回は、「朗読劇」にまつわるエピソードだ。
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認知症の母と一緒に朗読劇を見に行った。母は芝居も好きだが、読書は超がつく愛好家。しかし本を読む舞台というものを理解して楽しめるだろうか。不安もあったが私も初めての経験。母と“わくわく”を共有した。
“母の世界”を広げる本は、生涯のよきパートナー
「(永井)荷風はね、粋で奔放で本当に魅力的な人よ。太宰(治)はちょっとダメ男だけど、そういうところに女の人は惹かれちゃうのよね」
まだ幼い私に、母はよく楽しそうに話して聞かせた。カフウやダザイとはまるで旧知の仲のように話すので、彼らが日本を代表する作家と知ったのはずいぶん後のことだ。私が子供の頃住んでいた団地の壁には、文学全集から読み古した文庫本まで、母の愛読書がズラリと並んでいた。
「ママ、字ばっかりの本、おもしろい?」と、幼心に本気で聞いた覚えがある。「おもしろいよ! 本を読むと行ったこともない外国で冒険したりもできるんだよ」と、確かそんなふうに返してきた。
私の読書量など母の足元にも及ばないが、活字を追ううちに、いつの間にか頭の中に物語の世界が広がり、主人公とともに一喜一憂するわくわく感はよくわかる。85才になった母は、ついに生涯、外国旅行には行けずじまいになりそうだが、あの本の数だけ物語の世界を歩いたのなら、相当な旅の達人だ。
そして認知症になったいまも、母はいつも本や文芸雑誌を手元に置いている。読んだ形跡があり、時々新しいものも増えている。記憶障害は進んでいるので読んだ先から忘れてしまうのだと思うが、読む瞬間、瞬間には本の世界にいて、しっかり楽しめているのかもしれない。