誰もが夢見るものの、なかなか現実にならない夢の馬券生活。調教助手を主人公にした作品もある気鋭の作家で、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する須藤靖貴氏が、穴党の馬券購入に対するぶれないフォームについてお届けする。
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秋の午後、久しぶりに友人とビールを呑んだ。話題は競馬でのメンタルの揺れ。競馬ファンそれぞれに揺れを小さくする流儀がある。前回までに触れたKK(後悔回避)のテクニックだ。ところが、そんなこざかしい工夫など不要、という御仁もいるのである。
友人の先輩、「穴党のトラックマン」だ。その穴党氏、メンタルが揺れることなどないという。齢70超え。若々しく、いつもジーンズをはいていてエネルギッシュ。私も競馬場のプレスブースで何度か挨拶したことがあり、ニコニコしていてゴキゲンな様子であった。レースを俯瞰できる記者席から「コウセイ! 行け!」などと怒号が聞こえればその御仁である。普通、トラックマンはシャウトしない。
穴党だから外れることも多い。でもめげる素振りなど見せない。いつか必ず大当たりすると確信しているのだ。実際に大穴的中を炸裂させている。
10月第2週から規制つきで競馬場での馬券購入がかなうようになった。だが、新型コロナでの窮屈のおかげで、友人は穴党氏の凄みの具体を知った。IT関連に怪しい穴党氏はネット投票ができない。そこで馬券を頼まれる。友人には穴党氏の買い目と投入金額が分かってしまうのである。
買い目のほうはともかく、投入金額は明かさないものだ。言わないし聞かない。池波正太郎ふうに言えば「内懐を突かない」。
テレビ番組などでは出演者が開示するものの、内懐(財布)を世間にさらす点でどこか胡散臭い。内懐はその人間のさまざまなスケールを投影する。投入金額に見栄や道化の臭いを感じてしまうのだ。