対戦相手をにらみつけて戦うことから、ついた異名は「野獣」、一方で自らを「凡人」と称する柔道家・松本薫(33才)。一体彼女はどうやって野獣となり世界と戦い、金メダルを獲得したのか──。
帝京大学に進学し、目標の五輪出場を叶えるため、まずは大学3年生で日本一になるという目標を立てた松本。しかし、当初の計画より1年早い、大学2年生のときに国内のトップを決める講道館杯(2007年)で優勝した。さらに、2008年のアジア選手権(韓国・済州島)での優勝を皮切りに、世界大会へと着実に進出する。
後にロンドン五輪で金メダルを獲得し、リオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得した松本に話を聞いた。
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予定より1年前倒しで国内トップになれたことで、“世界”が見えてきたのですが、ここからは、世界の天才が相手です。天才は努力をすれば勝てるのですが、私は体も小さいし、得意の大技があるわけでもない凡人です。技を磨き、練習量を増やすだけでは天才には勝てません。
おまけに私が戦う57kg級は、女性の標準的な体重で、競技人口がいちばん多いのです。その中で、天才に真正面からぶつかっても勝てるわけがない。ならばどうするか? 戦い方を変えるしかないと思った私は、相手にマインドコントロールをかける作戦を編み出したのです。
日本人でも海外選手でも、人間がいちばん怖いのは何だと思いますか? それは強いとか賢いとかではなく、何を考えているかわからない、不気味な存在です。日本人は海外選手に比べてポーカーフェースといわれますが、それではダメ。「こいつは不気味だ」と、思ってもらわないといけません。そこで、私はイメージ作りに取り組んだのです。
試合前はあえて笑顔で「ハーイ、一緒にご飯食べようよ、次、当たるね!」と海外の選手に声をかけ、一緒に食事をして、「明るいやつだな」と思われるように振る舞いました。そして、試合で畳に上がったときには別人のように相手をにらみつけながら、口角をあげて、不気味な笑みを浮かべる。
すると案の定、「なんだ、こいつ!? 不気味!」と、相手が狙い通りに混乱してくれ、試合をコントロールできるようになり、自分より強い相手にも勝てるようになったんです。それには、4年の歳月が必要でした。
その間、海外のメディアからは、「アサシン」や「殺し屋」などと呼ばれるようになり、批判もされましたが、すべては金メダルのためと思っていた私は、「しめしめ」と思っていたんです。