警察庁の速報値によると、今年8月に全国で自殺した人は1849人で、前年同月に比べて246人(15.3%)も増加している。考えられる要因の1つが、新型コロナウイルスによる経済状況の悪化だ。減少傾向だった自殺者が急増しているが、いまの日本で自殺を望む人はどれくらいいるのだろうか。精神科医の樺沢紫苑さんはいう。
「日本では、年間2万人が自殺で亡くなります。自殺未遂で救急搬送される人が20~30万人なので、自殺を試みた人の10人に1人が亡くなっている計算です。ただし、手首を切っても軽いけがですんだり、すんでのところで思いとどまった人は、救急搬送の10倍いるとされます。つまり、自殺を望む人は数百万人単位に達すると考えてもおかしくありません」(樺沢さん)
そうした“死にたい人たち”は、傍目にはわからないこともある。
「明るくてムードメーカーで、“あなたは長生きしそうね”といわれるような人がうつ病になるケースは多い。WHOのデータでは、自殺した人の97%は、うつ病をはじめとするなんらかの精神障害の診断がつくとされています。几帳面な人がうつ病になりやすい傾向はありますが、ズボラな人でも関係なく発症します。
自殺も同じ。誰がいつ、自ら命を絶ってもおかしくない。実際に三浦春馬さんも竹内結子さんもいつも元気で、周囲の誰もが“なぜこの人が”とショックを受けた、と報じられています。“自分だけは”“まさかあの人が”はあり得ないのです」(樺沢さん)
コロナ禍にあり、高齢者ほど死亡率が高いと頻繁に報じられていた今春頃、いつも明るく元気だったある70代女性がふさぎがちになり、ついにはうつ病になってしまった。幸い、秋になって回復したが、後から聞くと「一時は毎日死ぬことばかり考えていた」という。家族がうつ病気味であることに気づいて通院させ、薬も処方されていたが、まさか自殺を考えていたとは、そばにいた夫にさえまったくわからず、家族は背筋が凍る思いがしたという。
誰しも、ある日突然“死にたさ”にとらわれるかもしれないのだ。事実、自殺未遂をした人の中には、本人でさえなぜ自殺しようとしたのかわからないケースが少なくない。大分大学医学部精神神経医学講座教授の寺尾岳さんはいう。
「自殺企図して助かった人には、不思議なことに“なぜ自殺しようとしたか覚えていない”という人も多い。つまり、自殺にいたるプロセスは正常な心理で理解できる状態ではなく、周囲にも本人にも了解不能な事態が生じていると考えられます」(寺尾さん)