フランスに本拠地を置く世界的タイヤメーカー、ミシュラン社による「ミシュラン・ガイド」といえば、赤い表紙のレストラン・ホテルガイドがよく知られている。その調査員は匿名で、絶対に身分を明かさず、もし調査していることが店側に分かってしまった場合はガイドへの掲載が見送られると言われている。その調査員の気分を一般人が味わえてしまうのが、ネットのグルメサイトだ。俳人で著作家の日野百草氏が、今回は、グルメサイトと一部の客に困っている飲食店オーナーシェフの本音についてレポートする。
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「なに書かれるかわかりませんから、ご機嫌とるしかないですよ」
もう20年以上通っているだろうか。最寄りは強いて言うなら四谷三丁目、それ以上は絶対教えたくない私の行きつけの店。年をとってもあのころから変わらずスマートでイケメンのオーナー(男性、60代)が私のテーブルに座る。ランチタイムもとうに終わり、いつも繁忙時間だけ手伝っている奥様も帰宅、店には私とオーナーしかいない。オーナーの愚痴が始まる。またコロナの話かと思ったら、某グルメサイトと一部の客に困っているという。
「席を減らしたからお客は10人が限界です。仕方なく断ることもあります。昔なじみの常連はともかく、グルメサイトを見て来られる方の中には不満な方もいるでしょうね」
オーナーは常連にも丁寧な姿勢を崩さない品のある人だ。こだわりをもってこの店をやってきた。しかし頑固とか上目線ということは決してなく、ただ店のこだわり、それだけがオーナーのポリシーであるだけだ。4月からの一時期は緊急事態宣言もあって店を閉めたが、再開後は常連を中心に堅調だったはずだが、以前からグルメサイトに悩んでいたとオーナーは正直に話してくれた。
「書き込まれるの嫌ですね。細かいことであれこれ言われるのは気分のいいものではありません」
書き込みの内容を書くと特定されるので書かないが、オーナーはグルメサイトの評価コメントが嫌いだという。というかネット嫌いである。若いころの一流店での修行を経て、60代までオーナーシェフとして生きてきた昔気質の料理職人だ。オーナーが愚痴る書き込み、ネットに慣れた側からしてみるとそれほど酷い書き込み、低評価というわけではない。むしろ高評価に基づくコメントのほうが多いが、理不尽なコメントが散見されるのも事実、ネット耐性のないオーナーには酷な内容だ。店が狭い、狭いからと外で待たされた ── そんなもの、この店を一目すれば当たり前の話で、文句を言われても困るだろう。食べた感想がないと駄目だが、取ってつけたようでも、それがあれば変な理屈も憲法21条「表現の自由」で許されるのがグルメサイトだ。
「気にするなと言われても、どうしても気になってしまうんですよね」