シーズンも終盤となり、盛り上がりを見せるプロ野球。過去には、タイトルをかけた名勝負があった。
1984年プロ野球シーズン終盤、阪神の掛布雅之と中日の宇野勝が本塁打37本で並び、残り2試合の直接対決を迎えた。1試合目は両選手とも5打席連続敬遠で、2死満塁で宇野を迎えた場面では「押し出し敬遠」まで起きた。
ファンは激怒し、当時のセ・リーグ会長が「野球協約の根本理念に反する」との声明を出したが、2試合目も5連続四球となり、両者とも合わせて10打席連続四球で本塁打王を分け合った。阪神監督だった野球評論家の安藤統男氏と、押し出し敬遠された当事者である野球解説者の宇野勝氏が、激しい本塁打王争いの裏側について語った。
阪神監督だった安藤氏が振り返る。
「カケ(掛布)は『勝負したい』と言っていたけど、最終戦の試合前にヤマさん(中日の山内一弘監督)から『アンちゃん、うちは勝負せんからな』と電話があった。『勝負しようよ』と言ったが、『掛布はこの先何度もチャンスがあるけど、宇野はこれが最初で最後だろうから取らせてあげたい。頼むよ、アンちゃん。うちは歩かすよ』とね。僕は現役時代に阪神でヤマさんと一緒にプレーしたので相談しやすかったのでしょう。
それで4番しか打たせていなかったカケを3番にして相手の出方をうかがったら、2死走者無しでいきなり歩かされた。こっちだけ勝負して宇野に打たれたら、カケがタイトルを取れないばかりか、打たれたピッチャーの野球人生にかかわると思い、敬遠を指示しました。昔は優勝が決まると後は消化試合で、こんなことはあっちこっちであった。査定にも影響するから、監督としては選手の給料を上げてやろうと必死だった」