1903年秋に早稲田大学からの慶應義塾大学への挑戦状をきっかけに始まった野球の「早慶戦」は、野球の歴史にとっても重要なものだ。早稲田大学OBで野球評論家の広岡達朗氏が、早慶戦への思いを語った。
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いまプロ野球界は過渡期にさしかかり、色々な問題が噴出している。問題を1つ1つ解決していくことが人気復活の一番の近道だ。そのためにもいま一度「伝統」というものをしっかり見直す時期である。
プロ野球誕生の軌跡を辿ると、早慶戦の定期戦が起源で東京六大学野球に繋がり、その爆発的人気に乗じてプロ野球ができた。すべての始まりは早慶戦にある。だからこそ早慶戦は偉大でなくてはならないし、早慶両校の選手たちは特に伝統を重んじる必要がある。
それが最近、伝統の本当の意味を理解できている人間がどれだけいるだろうか。各々が良かれと思ってやっているのかもしれないが、伝統の本質も考えずにこれまでの慣習等を変えていこうとしているのは大きな間違いだ。それに早く気づかねばならない。
伝統とは先人の考えを維持していくことである。そしてそれをしっかりと守る義務がある。このことを絶対に忘れてはならない。
【プロフィール】
広岡達朗(ひろおか・たつろう)/1932年広島県生まれ。早稲田大在籍中は華麗な守備で名を馳せ、「六大学の貴公子」と呼ばれた。1954年に巨人に入団。引退後は西武、ヤクルト監督などを歴任した。
※週刊ポスト2020年11月30日号