【著者に訊け】戌井昭人氏/『壺の中にはなにもない』/NHK出版/1400円+税
周囲にどう思われようと、マイペースを貫き続ける男。そんな、よく言えば自律的、悪く言えば傍迷惑な人物の残像が、戌井昭人氏の新作『壺の中にはなにもない』の取っ掛かりになったとか。
「その人とは仕事で知り合ったんです。焼肉を食いに行くと、自分だけ肉焼いてサッサと食っちゃう人っているじゃないですか? まさにあれです。彼は猫が好きで寝グセが凄くて家柄がよくて……。あ、こんな主人公、ありだなあと思って」
〈勝田繁太郎。身長一七五センチ、体重六三キロ、二六歳、東京生まれ。独身〉と、ご丁寧に個人情報まで記された主人公の、仕事や恋、そして陶芸家の祖父〈繁松郎〉との関係を軸に、物語は展開してゆく。
そもそも呆れるほど気の利かない御曹司だけに、出張や見合い一つにも珍道中の趣があり、そんな彼の旅を追ううちに読む側の尺度までが揺らぎ、何がマトモな人生で有能な社員かもわからなくなってくる、怒涛の常識解体エンターテインメントである。
「実は、WEBで連載中はもっとハチャメチャというか、彼が行商するボウリングの球が突然喋ったり、意志を持ったりする、『スローターハウス5』とか『銀河ヒッチハイク・ガイド』みたいな話だったんです。
ただそれだと収拾がつかなくなってしまい、今年に入ってから、一度SFに振れた話を現実に引き戻し、繁太郎の曽祖父まで遡る家族史部分を充実させました。芝居ならいいんです、針が振り切っちゃっても。でも小説は力業とは違うという、僕なりの一線もあって」
劇作家、俳優、小説家と、各界注目の鬼才は、本誌・週刊ポスト連載でも日常に潜むおかしな人やモノを絶賛発掘中。
「基本は何でも面白がりつつ、バカにはしてないつもりなんです。例えば何かを真面目にやってる姿って、笑っちゃうじゃないですか。でもそれって愛しさに近い気がするし、波風は立てたくない、人は怒らせたくないというのが、僕の人生の最優先事項なので(笑い)」