映画史・時代劇研究家の春日太一氏による週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優の黒沢年雄が若手時代に森繁久彌からの教えについて語った“言葉”をお届けする。
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黒沢年雄は一九六四年に東宝の専属俳優としてキャリアをスタートさせ、六七年には森繁久彌主演人気シリーズの第二十六作『社長千一夜』で社長秘書役に抜擢されている。
「森繁さんが主役だから、この人に好かれて芸を盗んでやろうと思ったんです。森繁さんには付き人が二人いたんだけど、俺が代わりに全部やったの。森繁さんがタバコを吸おうとしたら、ちょうどいいところに火を差し出したり、トイレから出てきたらさりげなくハンカチを渡したりね。キャバレーのボーイやバーテンをやってたから、そういう心遣いはもう完璧なんだよ。
端唄、小唄、浪花節、何をやっても森繁さんはうまい。それに寸芸。パチンコ屋さんでお金をすって玉を拾う仕草とかね。腹を抱えて笑いました。
森繁さんには、『売れたらその金は、30歳までは全部使っちゃえ。いいか、貯金したり建売住宅に住むようになったら、ちっぽけな俳優で終わっちゃう』と言われました。
それで、売れてからは共演者やスタッフを連れて銀座で飲んだりするようにしました。これも森繁さんの教えです。
『お前な、主役を取って金を稼げているのは、スタッフや俳優さんのおかげでお前がよく見えているからなんだ』って教育された。ですから、お金を使いました。みんなを連れて銀座で寿司を腹いっぱい食って。
それから、主役をやる時は『僕の映画に出演してくれてありがとうございます』って、共演の俳優さんに頭を下げていました。今時はそんな俳優はいないですよね。『出してやってるんだ』みたいな顔をするから」