画期的と呼べる作品だった、と言えそうである。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が総括した。
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いよいよNHK連続テレビ小説『エール』も最終回。総出演のカーテンコールで音楽への愛とトリビュートを表現しながら幕は閉じました。振り返って、これほど波乱万丈だった朝ドラは初めてではないでしょうか?
まず、働き方改革で土曜放送がなくなり初の「週5日」放送に。しかも、ベテラン脚本家の降板あり、志村けんさんのコロナ感染・逝去とショックは続く。放送開始後もコロナ禍による撮影中断2ヶ月半。撮影できなかった分は再放送に差し替え、という前代未聞の展開……。数々の過酷な試練にさらされたキャストやスタッフたち。その混乱や落胆はいかばかりだったか。しかしその分、こうも言えるのかもしれません。「作品も役者も磨かれていった」と。
画期的で見たことのない朝ドラになった本作の余韻を味わいつつ、ロスへ捧ぐ。『エール』の魅力ポイント10項目──。
【1】徹底的に「役者」を見せつけた朝ドラ
物語は古山裕一という作曲家の人生が主軸。しかし撮影中断もあり、結果として物語が断片的にならざるをえなかった。それがむしろ、役者の力を際立たせることにつながったかもしれません。特に裕一を演じた窪田正孝と、妻・音を演じた二階堂ふみの演技力はアッパレ。窪田さんは「恥ずかしがり屋」を自称するだけあり自己を強く推し出すタイプでない。真面目で朴訥で人の良さがにじみ出るような静かな「受け芝居」で優しさ、抱擁力、受容力を見事に表現しました。
一方、音役・二階堂ふみは超個性的でガンガン押し出すタイプの役者。しかし、今回の役としては一歩下がる妻。裕一と音の二人の組み合わせ、その凸凹な夫婦は絶妙で見るたびに「足りないものを互いに持ち寄り、支え合っている夫婦」を実感させられた。その姿はコロナ禍に苦しむ人々の「エール」となり癒やしとなりました。
【2】舞台さながらのライブ感覚
即興が生む面白さをここまで活かした朝ドラは初めて。吉田照幸監督が大切にしたのは、細かな演技指導よりも「ライブ感”です。芝居は動きまで細かく決めず、ある程度は役者さんに委ねて、ワンシーンを細かくカットせずに流れで撮影しています。もう一つは、お約束をなるべくやらずに、“ひとひねり” する」(番組公式HP)と監督自ら方法を語っています。テレビドラマでありつつも舞台的なやりとり、その場で生まれるインプロヴィゼーションのみずみずしさ、躍動感が存分に楽しめました。
【3】音楽への愛が全体を貫き、重要な転換点として機能
柴咲コウ、薬師丸ひろ子、二階堂ふみ、山崎育三郎、森山直太朗、宮沢氷魚……それぞれが劇中で歌う。その歌が転換となって物語が次へ展開していく。理屈を超えて心を揺さぶる音楽が人々を再生し、視聴者を感動させました。根底に「頭はダメと言っても心はいいと言っている」というセリフが象徴するような「音楽の力」が横たわっていました。
【4】男たちの友情を描くことに成功
朝ドラの主人公は女性が多いが、今回は男性の主人公。その裕一に加えて“福島三羽ガラス”──鉄男役の中村蒼、久志役の山崎育三郎と男優たちが揃い互いにかけがえのない絆を感じさせ、作りモノではない友情がひしひしと伝わってきました。
【5】シビアさと笑いの混在
戦場シーンのシビアさたるや、息を呑むほど真に迫っていた。その一方、かけあい漫才やコントを彷彿とさせるシーンも多々あり、遊び心に満ちた演出が随所に仕込まれていた。無理に笑わせようとする制作側の意識が見えると逆に視聴者は白けてしまう。しかし『エール』は、コメディ然とした作りではなくしかし結果としてふっと笑わされる秀逸な仕上がり。朝ドラにありがちな優等生的真面目さ、説教的な堅苦しさをぶっ飛ばすことに成功しました。とはいえ軸は崩れずにきちっと抑えたバランスが見事でした。