現役最多のGI38勝(中央、地方、海外)を誇る角居勝彦調教師は、家業である天理教の仕事に就くため2021年2月で引退、角居厩舎は解散となる。調教師生活20年、厩務員として栗東トレセンに来てから34年、北海道のグランド牧場で初めて馬に触れてから40年。角居師は自身のホースマン人生の集大成として『さらば愛しき競馬』を上梓した。角居師によるカウントダウンコラム(全13回)、今回はジャパンカップでの愛馬を振り返る。
* * *
先週はジャパンカップで日本中が盛り上がりましたね。天皇賞(秋)で芝GⅠ8勝という記録を打ち立てた後、引退と決めたレースをしっかり勝ち切るアーモンドアイは本当に強い。3歳三冠馬2頭もしっかり2、3着になるのだから、競馬に「絶対」があるのかと思ってしまいそうです。
角居厩舎のキセキは「大逃げを打った」と言われましたが、ああいう作戦を考えていたわけではありません。浜中騎手とは前々に行こうとは話していましたが、スタート直後に、もう1頭前へ行きたかった馬と競り合う形になって、掛かってしまい、オーバーペースでの逃げになってしまったというのが真実です。
あのまま逃げ切ってしまうのではないかとドキドキワクワクした人もいたかもしれませんが、私はどこでつかまるかとハラハラしていました。途中で息が入ればあるいは、とも思いましたが、キセキは右回りでも左回りでも苦にしないので、3、4コーナーもスムーズに走れてしまった。こうなると直線が長い東京では逃げ切ることは至難の業です。
でも、あの競馬でアーモンドアイから1.1秒差の8着に残っているというのが、キセキのキセキたる所以です。次走は有馬記念を予定しています。
今回は豪華メンバーでしたが、それぞれの陣営が「JCで対決しましょう!」と打ち合わせたわけではない(笑)。それぞれの陣営が、前走のレース後の状態と、馬の適性を考えて東京の2400mが一番力を出せる、と判断した結果です。キセキにしても、過去の実績と経験を考え、秋のローテーションとして予定していた通りです。ただ、来年3月で引退が決まっているアーモンドアイを負かす最後のチャンス、と思った陣営はあったし、新型コロナの影響で、12月の香港カップなどへの遠征にいろいろ条件が付いてしまうことから、JCに集まってしまったというのはあるかもしれません。
競馬は確かに相手がある競技ですが、それぞれの陣営は自厩舎の馬のことしか考えていないものです。逃げて強い馬がいるから、それをけん制するために、こちらも逃げ馬を出して競わせるなんてことは、現実的にできませんし、馬が人間の立てた作戦通りに動いてくれるわけでもない。自分の馬が力を出せるように調整していくだけです。レース前に「完璧です」というコメントがあったとしたら、それは自分の馬の状態が、レースに臨むにあたって「完璧」だということで、勝てるということではない。
だから競馬メディアはもちろん、ファンの方々はああだこうだと言いながら予想してくれればいい。それが競馬の楽しみ方なのです。我々は定番コメントの通り、「馬をいい状態に持っていくだけです」。