昨年までの70回のNHK紅白歌合戦において、“手掛けた楽曲が歌われた回数”を作曲家別に集計したところ、日本作曲家協会会長の弦哲也氏が87回で第1位、第2位は74回にで2020年10月に亡くなった筒美京平さんだった。日本の音楽界に多大なる功績を残した筒美さんについて、筒美さんの楽曲を歌ったことがある早見優が語る。
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1983年に5枚目のシングル『夏色のナンシー』で初めて筒美先生に曲をいただきました。ポップで明るい歌だなとワクワクしました。
同時に制作していたアルバムはハワイのイメージにしたかったので、手紙に『ノースショアにドライブに行く途中、ラナイ島のパイナップル畑を思い出したり、爽やかな風を感じたりするメロディでお願いします』と書いた気がします(笑い)。筒美先生が読んでくださったかはわかりませんが、イメージ通りの曲が届き、驚きました。
その年、初めて紅白に選ばれ、本当に嬉しかったです。憧れの西城秀樹さんや郷ひろみさんを間近で見られて興奮しましたし、オープニング用や歌唱用など衣装もたくさん作っていただき、夢のような気分でした。1週間遅れでハワイでも放送され、祖母に元気な姿を見せられた。『夏色のナンシー』を生んでくれた筒美先生のおかげです。
【プロフィール】
早見優(はやみ・ゆう)/1966年9月2日生まれ、静岡県出身。3歳から7歳をグアム、7歳から14歳をハワイで過ごす。83年から紅白に3年連続出場。そのうち、2曲が筒美京平の作曲。
※週刊ポスト2021年1月1・8日号