映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、故・緒形拳さんの演技と本気について共演者が語った言葉をお届けする。
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緒形拳は二〇二〇年に十三回忌を迎えた。筆者が名優インタビューを始めたのは亡くなった後なので、残念ながら当人に話をうかがえてはいない。
それでも、本連載に登場した方々の多くから、共演時のエピソードはうかがえており、その名優ぶりの側面は理解できた。
そこで今回は、緒形拳にまつわるエピソードを振り返る。
笑福亭鶴瓶は、本格的に演技の仕事をするようになった時期にテレビドラマで緒形と共演、ある「洗礼」を受けている。
「ある場面で僕が緒形さんに殴られる芝居があるんですが、緒形さんに本気で殴られてメガネが割れたんですよね。
そしたら、ちょうど一緒に出ていた白川和子さんが『あんたな、得やで』って言うから『なんでですか』と聞いたら『なかなか本気で殴ってくれへんで』って。本気で殴ってくれると、こっちもガーっと行けるじゃないですか。僕の演技が下手だから、本気を出させようとやってるんやということを白川さんが教えてくれました」
緒形のことを「ガタ」と呼ぶような友人関係にあった津川雅彦も、テレビドラマ『破獄』(一九八五年、NHK)で共演した時に同様のことがあったという。
「ガタは格闘シーンで相手役を本当に殴るという評判があった。この作品でも殴り合うシーンがあるから、『お前な、芝居は嘘をするもんだからさ。本当に殴るのはやめろよ』と釘刺しといたんだ。ガタも素直に分かったようなことを言ってたが、何かしでかす雰囲気はあった。案の定、本番ではいきなり後ろからネクタイで首を絞めてきたんだ。で、苦しいから両手で外そうと手をかけた途端、その隙にボカーンと殴られた」
そうした芝居の真意について、津川は次のように説明している。
「俺はフォークボールやチェンジアップで勝負するが、ガタはミットが痛いくらいの剛速球しか投げてこない。受けてるうちに、この痛さは本物だと感じるようになった。役者は嘘ばかりやってんだから、本気でできるところはせめて本気でやりたいと思ってたんじゃないかな」