新型コロナウイルスの感染拡大は、観光や宿泊業にも大打撃を与えている。その混乱の中、葛藤しながらも覚悟を持って女将を続けている福島県・岳温泉「お宿 花かんざし」の二瓶明子さん(41)が、思いを打ち明けた。
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コロナの話題が出始めた頃は、遠い中国の話で岳温泉には関係ないだろうと思っていました。それがついには福島県から営業自粛要請が出るまでになり、苦渋の思いで休業を決めました。3日後のご予約のお客様から順次、私からお電話で休業をお伝えしました。
宿泊業はこちらから出向くことはできません。お客様にお越しいただいてこそ成立する仕事です。それまでたくさん努力をしてご予約を頂戴し、ようやく来ていただけるのに。温泉は変わらず湧いて、私たちは元気一杯なのに。でも、こちらから断わらなければならない。温泉街全体が真っ暗になって、その分、星が綺麗で、その星を眺めながら悔しい思いをしていました。
お客様からは励ましのお言葉をたくさんいただきました。茨城の常連のお馴染み様は「元気を出して」と、しじみを送ってくださり、スタッフといただきました。本当に嬉しかったです。
私は旅館の娘として生まれ育ちました。東京の大学に進学して、そのまま東京のホテルで働いていましたが、実家の経営が厳しかったので地元に戻り、旅館を継ぐことにしました。
「花かんざし」の社長としての転機は東日本大震災でした。宿が避難所だった時期もあり、再開しても旅館としてやっていけるか不安でした。でも「家も家族もみんな津波に流されちゃった。人生をやり直すために、心をリセットしに温泉に来ました」という女性のお客様の話を聞いた時に、人生の節目として当館を選んでくれたことの重大さを感じ、中途半端な気持ちで旅館をやってはいけないと自覚しました。それから女将を名乗るようになりました。
「いらっしゃいませ」とお客様をお迎えして、荷物を持って「お寛ぎくださいませ」とお声をかける。そんな当たり前のことを大切にしていきたいとコロナ禍で改めて感じています。
■岳温泉 お宿 花かんざし
【住所】福島県二本松市岳温泉1-104
【料金】1人1泊/2万500円~。(*旅館の宿泊料は1月の平日、2名1室利用・2食付の設定(消費税・入湯税込み))
*二瓶明子女将のロングインタビューを収録した山崎まゆみ氏の新刊『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文藝春秋刊)が発売中。
撮影/佐藤敏和 取材・文/山崎まゆみ
※週刊ポスト2021年1月15・22日号