NHKの朝ドラ『おちょやん』、1月公開の映画『大コメ騒動』、そして2020年最大のブームを巻き起こした『鬼滅の刃』──これらに共通するのは、「大正時代」を舞台にしていることだ。
都市部を中心に西洋文化が庶民にまで広く普及し、服装も着物から洋装に変わっていって、ファッショナブルな「モダン・ボーイ」「モダン・ガール」(モボ・モガ)が登場。「大正ロマン」「ハイカラ」という言葉に代表される、自由で華やかな雰囲気が社会に満ちていた。15年という短い期間ながら、豊潤な文化が花開いた時代だったのだ。
大正時代はひと言でいうなら「自由恋愛」の時代だったと、風俗史家の下川耿史氏は語る。
「経済が発展したことで市井の生活に余裕が生まれ、女性の社会進出が大きく進んだ。女性が自分の意思を主張し始めたことで、恋愛や性風俗、そして性愛文化にも、さまざまな変化が見られるようになりました」
恋愛の舞台となったのが、女性が純白のエプロン姿で給仕する「カフェー」である。谷崎潤一郎の長編小説『痴人の愛』のヒロイン・ナオミが主人公・譲治と出会ったのも、浅草に実在した有名カフェー「ダイヤモンド」だった。大正時代の文学・文化に詳しい東京外国語大学・柴田勝二教授が語る。
「当時のカフェーは、金銭的な余裕のあるインテリ男性が集まる場所で、男性客と女給が親しくなることは珍しくありませんでした。そこから発展して、昭和に入るとカフェーでエロティックなサービスが行なわれるようになっていきますが、大正時代にはあくまで自由恋愛の場でした」
カフェー以上に“性愛的要素”が強かったのが、映画館だった。明治40年代に日本人の娯楽のひとつになった活動写真が、大正に入って大きく発展。街に多くの活動写真館が開館した。
「活動写真館は、それまでの日本の劇場にはなかった“闇の世界”を生み出しました。女給が客の手を引いて席まで案内する“手引き”が人気で、それを目当てに活動写真に通う男性も少なくなかった。暗闇に乗じて隣席の女性の手を握ったり、話しかけたりすることもあった。着物の袂にラブレターを突っ込む“ぶっ込み”も行なわれました」(柴田教授)
今でいうところの「ナンパスポット」だったのだ。