昨年12月28日に96才で逝去した“ばぁば”こと日本料理研究家の鈴木登紀子さん。『女性セブン』でも、長きにわたりエッセイを連載してくださいました。そんなばぁばは、94回目の誕生日を祝い、食事をしたときに、こんな話をしていました。
「みなさんは『100才になったばぁばのおせちが楽しみ』なんて言ってくださるのだけれど、95才がいいところじゃないかと思うのよ」
好物のエスカルゴを食べながら、ばぁばが呟きました。
「95才って来年じゃないですか! あり得ません。これからステーキも食べるのに」
「それもそうね。じゃあもうしばらく、意地悪ばぁさんをやりながら、パパ(夫・清佐さん。2009年に逝去)のお迎えを待つといたしましょう」
そう笑い合って、160gのステーキもしっかり平らげたのですが、帰り際、いつものようにシャネルの赤い口紅でお直しするばぁばの姿にふと、ばぁばはこうして凜とした姿で、パパさんのもとへ旅立ちたいのかなと思った記憶があります。
「けっして苦労をひと様に見せない、かけない」は、ばぁばの美学でした。訃報は言葉にできないほどの衝撃でしたが、松が外れる七日正月を待っての告知に、最後まで美学を貫いたばぁばとご家族の矜持を見た思いです。ご冥福を心からお祈りいたします。
2020年11月14日に96回目の誕生日を迎えたときには、「これが本当に最後の遺言ね」と話していたばぁば。『誰も教えなくなった、料理きほんのき』(小学館)の出版を見届けてすぐのことでした。ばぁばが遺してくれた珠玉の“お小言”を厳選し、紹介します──。
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「思えば思ってもらえるのよ」
「私は母から『思えば思ってもらえるのよ』と教えられて育ちました。見返りを期待するということではないのよ。おてんば娘だった私に、つねに自分から思いやる心を説いたのです。真摯な気持ちでひと様に接すれば、悪いようにはならないということ。相手を慮り、後悔のないように丁寧に接しなさい、ということなのです。
お料理もそうです。あなたの大切なご家族、あるいはお客さまが『おいしい』と喜ぶ顔を思い浮かべながら作ったお料理には、あなたの“心”という隠し味が効いています。だから“おいしい”のです。存分にお尽くしくださいね」
取材時の昼食には、撮影料理に炊きたてのご飯、汁椀と漬けものを添えてくれた。おむすびもお楽しみの1つ。