診療科や病床数が多い国立大学病院は地域医療の最前線に立っているイメージがある。新型コロナウイルスに関しても、積極的に重症者を受け入れていると思っている人も多いかもしれない。しかし、公的病院等のなかには、コロナ重症者の受け入れ数が規模や能力に比して十分ではない施設もあるという。
元厚労相の塩崎恭久氏は、厚労省が自身に明らかにした1月7日時点の重症者受け入れデータを公開(1月13日付のメルマガ)し、大学病院が大半を占める「特定機能病院」(全国で87病院)の重症者受け入れ数について、こう記した。
〈「10人以上」がたった6病院。「4人以下」が62病院もあり、受け入れゼロの先も、22病院に上るとのことだ〉
つまり、国立大学病院のコロナ重症者受け入れが、少ないというのだ。
コロナ重症者の治療には多くの医療スタッフの手がかかり、病院側の負担が大きいのは事実だ。がんや心筋梗塞、脳卒中などの高度な医療や、24時間体制で急患を受け入れる3次救急体制に影響が出ることを懸念する声もある。
他方で、重症者の受け入れが進まないのは、「病院の経営状況」が原因との指摘がある。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏が語る。
「コロナ患者を受け入れると一般の外来患者、入院患者、手術数が減り、病院にとっては収益減を招く可能性が高い。一般に医療機関は人件費の支出が収入の半分近くを占め、固定費過多の状況にある。コロナ患者を受け入れることで収益が減少すれば、大病院を含め多くの医療機関は即赤字の危機に陥ります」
全国医学部長病院長会議によると、国公立大学病院と私立大学病院を合わせた昨年4~9月の累積損益は、前年度比で967億円の赤字となった。
「今の状況では、現場の医師が社会的な役割を果たすためにコロナ患者の受け入れを希望しても、経営側が許さないという現実があります。北海道の旭川医科大学で病院長が電撃解任されたのも、背景には、社会的使命と病院経営の狭間で葛藤する医療機関の特殊な事情があったと思われます」(室井氏)
600以上の病床がある旭川医科大学では、1月25日付で病院長の古川博之氏が電撃解任された。古川氏は昨年11月、新型コロナのクラスターが発生した民間病院からの患者受け入れを提案し、受け入れを許可しない吉田晃敏学長との対立が続いていた。
大規模な医療機関にとっても経済的事情は無視できないということだ。
命令権が及ばない
とはいえ、大学病院が重症者受け入れに消極的では、中等症者や軽症者の受け入れ状況まで逼迫してくる。
日本より病床数の少ない海外では、大学病院が医療崩壊の危機を食い止める役割を担っている。医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広氏が指摘する。
「米ハーバード大の関連施設であるマサチューセッツ総合病院は一時期、121人もの重症患者をICUで受け入れ、スウェーデンのカロリンスカ大学病院はICUベッドを通常の40床から200床程度まで増床し、約150人の重症患者を受け入れました。感染拡大期においては特定の病院に重症患者と医師、看護師を集約して、集中的に医療資源を投下する『選択と集中』戦略が必須ですが、大学病院が重症患者を受け入れない日本のやり方は世界に逆行している。これは大学病院が悪いというよりも、明らかに厚労省の戦略ミスです」