音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、柳家小三治の十八番『厩火事』の変遷と到達点についてお届けする。
* * *
昨年末、「令和の小三治1」と題する2枚組CDがソニーより発売された。ディスク1には2019年10月19日の「朝日名人会」で収録された『厩火事』が収録されている。
ソニーは2019年に「令和の新シリーズ」と銘打って柳家小三治の2枚組CDを6作品リリースした。今回のディスク2には、その新シリーズの発売記念として2019年10月3日に有楽町朝日ホールで開かれた「柳家小三治の会」での、CD制作ディレクター京須偕充氏と小三治の公開対談が収録されている。2019年に「令和の新シリーズ」として発売されたCDの音源はすべて平成に収録されたもので、令和になってからの音源が市販されたのは今回が初めてだ。
長い噺家人生で数多くの演目を手掛けてきた小三治だが、すべての時代を通じてコンスタントに演じてきた噺は、実はそう多くない。しかも近年は高座に掛ける演目を絞ってきている。そんな中で『厩火事』は、若き日から今に至るまで一貫して「追いかけていれば必ず聴ける“小三治十八番”」であり続けた。
今回の令和版以前に商品化された小三治の『厩火事』の音源/映像は3種類。まず1986年10月31日上野鈴本演芸場「柳家小三治独演会」での音源がソニーよりCD化。続いて1996年8月27日の「落語研究会」の高座がDVDブック「落語研究会 柳家小三治全集」(小学館)に収録され、さらにはソニーが2019年に発売した「令和の新シリーズ」6作の中にも2010年10月16日の「朝日名人会」での『厩火事』の音源があった。
小三治の『厩火事』は八代目桂文楽の型を踏襲しているが、「自分にとって『厩火事』は人情噺だ」と言う小三治は、登場人物をより魅力的に描き、噺に深みを持たせている。いわゆる“人情噺”とは異なり、笑いの多い“長屋の落語”ではあるけれども、そこで描かれているのは紛れもなく夫婦の情愛だ。