「コロナのせいで病院での臨床実習ができなくなりました。これまでは注射や採血も医学生同士が針を刺し合っていたけど、オンライン授業なので学生が顔を合わせなくなり、その練習もできません。医師としてのトレーニングを積むことができず、“このままで大丈夫なのか”と不安だらけです」
そう胸中を明かすのは、国立大の医学部5年生。コロナで医療体制の逼迫が叫ばれるなか、医師の卵はコロナ後の「医療崩壊」を危惧する。
最大の問題は「臨床実習」ができないことだ。医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広氏が指摘する。
「医学部4年時の後半から小グループに分かれて院内の各診療科を回るのが『臨床実習』で、内科、救急、外科、小児科など必ず経験すべき診療科のほか、任意の診療科を選択して平均2000時間ほど実施します。多様な診療科の医師の診察や患者の様子を間近で見て、医療の現場を肌感覚で学ぶことができます」
しかしコロナの影響で多くの医学部が臨床実習を取りやめ、オンラインでの模擬実習やレポート提出に切り替えた。東大医学部の5年生が語る。
「臨床実習を介して学生から院内に感染が広がるのを防ぐため、昨年4月から患者と接する実習はほぼできなくなりました。今年になっても状況は変わらず、コロナ前のようにはなかなかいかない」
昨夏、医学生の団体が全国の医学生約200人に「病棟実習で何が制限されたか」を調べると、7割以上が「患者への問診」と回答した。「回診への参加」「病棟への立ち入り」との回答も半数を超えた。
文科省は臨床実習が中止されても必要な単位を履修すれば、国家試験の受験資格を認める方針だが、このままでは問診が不慣れな新人医師が大量発生することになる。
「教科書で知るのと、各科を回って生の現場を見るのでは大きく異なります。医療現場で突発的な事態に遭遇し、その対処を学ぶ経験は医学生にとって何物にも代えがたく、そうした経験をせず知識だけ詰め込んで医師になっても、患者に本当に必要な医療を提供することは難しい」(上医師)