女優・安達祐実が、週刊ポストで妖艶な美しさを披露した。シャッターを切ったのは、鬼才・竹中直人だ。竹中が、安達の力強い目線とセクシーな表情を切り取った。その撮り下ろしグラビアに合わせ、竹中直人が書き下ろしたファンタジー「雨降る上海の外灘」を紹介しよう。
* * *
とんとんとん… 雨の音に混ざって微かに扉をたたく音が聞こえた。
錯覚かな…
私は再び、友人からの手紙に目を落とした。
【……部屋は静まりかえってる。全ては闇だ。
なおみのあの声、ため息、猫のような眼、強く握ると気もなさげにすり抜けるなおみの手…
なおみの総ては俺の眼に心に焼きついて離れない。
3人で呑んだくれた上海の虹口、覚えてるか。行き交う奴らが俺たちを呆れ顔で見ていたな。あんな風にバカ笑いする日はもう二度と来ない。窓を開けると夜の湿った空気が老いた身体を掴もうとする。
なおみはどこにいる?なおみはもう存在しないのか…?
俺は今もなおみに似ている女を探してしまう…】
便箋を捲ると一枚の水彩画が現れた。絵が好きだったあいつが描いたものだ。
【雨降る上海の外灘1986 Jun】
そうか…
もう35年も前になるのか、なおみと3人で旅したのは…
船の旅だった。夜のビュッフェには私たち以外誰ひとりいない。船のモーター音と波音だけが響く。あいつが苛立った声をあげた。「おい!メニュー!」なおみは席を空けたまま戻って来ない。「探してくるよ」私は椅子の背凭れに掛かったなおみの青いカーディガンを手に取った。どこを探してもなおみはいない。私は走った。「なおみ!なおみ!」知らずのうちに声が出る。階段を駆け上がり甲板に出ると、そこになおみは背を向けて立っていた。なおみの周りを海鳥が舞っている。
なおみの前には夜空につづく長く細い階段が幽かに浮かび上がっている。
「なおみ…」その声はなおみには届かない。なおみは夜空へと続くその階段をゆっくりと登ってゆく…。
…そこで目が覚めた。
雨の音は先ほどよりも強くなっていた。
とんとんとん…
扉をたたく音が聞こえる。やはり錯覚ではなかったのか…私は扉へと向かった。磨りガラスに青い影が揺れる。「なおみ…?」私はそっとドアを開けた…
【プロフィール】
竹中直人(たけなか・なおと)/1956年3月20日、神奈川県生まれ。監督・主演作『無能の人』をはじめ、『Shall we ダンス?』『秀吉』など数々の作品に出演。山田孝之、齊藤工と共同監督を務める映画『ゾッキ』が4月2日より公開予定。
【プロフィール】
安達祐実(あだち・ゆみ)/1981年9月14日、東京都生まれ。幼少期に雑誌モデルとして芸能界デビュー。代表作に『家なき子』『花宵道中』などがある。出演するドラマ『にじいろカルテ』(テレビ朝日系)が毎週木曜夜9時から放送中。
※週刊ポスト2021年2月26日・3月5日号