コメディアンの大村崑氏が89歳の誕生日を迎え、大阪・箕面署で運転免許を返納したのは2019年11月のこと。『週刊ポストGOLD 認知症と向き合う』では、60年以上にわたって車を愛してきた大村氏が“決断”に至った経緯を語ってくれた。
* * *
僕は若い頃から車が好きで、20代で運転免許を取りました。当時、役者仲間で免許を持っているのは珍しかったですね。
『ダイハツコメディ やりくりアパート』(1958~1960年、朝日放送)に出演した時は、同い年のコメディアンの佐々やん(佐々十郎)と一緒にダイハツ「ミゼット」の生CMをやって、爆発的にヒットしたこともありました。ダイハツから車がもらえると思ったら、ミニカーだけでしたが(笑い)。
ヨーロッパ旅行で乗った時にドアを閉める重厚な音に感激して、日本に帰ってからベンツを買った。日本ではベンツなんてほとんど走っていない時代で、街ではみんなが振り返りましたね。白の左ハンドルの最高級車で、自慢の愛車でした。自分で洗ったり、ワックスをかけたりして大事に乗っていたから傷ひとつありませんでしたよ。
運転手も雇っていましたが、プライベートでは自分で運転した。家族を乗せてよく温泉旅行に行ったし、食事や映画にも自分で運転して出かけていました。何台ものベンツを乗り換えましたが、ずっとハンドルを握ってきたから、運転には自信がありましたね。
ただ、4年ほど前から仕事が昔のように殺人的なスケジュールじゃなくなったこともあって、タクシーや電車を使うようになった。大阪・箕面に住んでいますが、食事や買い物で梅田あたりへ地下鉄で行くようになると、いろんな出会いがあって楽しいんですよ。みんなが「あ、崑ちゃん!」と声を掛けてくれるし、電車内で若者たちの生態とかを観察するのも面白い。
都会に住んでいることもあって、少しずつ車を使わない生活に慣れていった。そうしたなかで車を売ったんです。1年ほど車のない生活をした上で、次の誕生日の免許更新のタイミングで返納することにした。もちろん認知機能テストに通って更新できる自信はありました。台本を覚える仕事だから記憶力には自信があります。ただ、車に乗らない暮らしに慣れていたので、素直に返納できましたね。高齢者の重大事故が増えたというニュースを見て、考えさせられた面もあります。事故を起こしてからでは遅い。返納した今は、すがすがしい気分です。