東京オリンピック開催の可否に注目が集まる中で飛び出した森喜朗氏(83才)の女性蔑視発言。森氏が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長を辞任した後、《女性》《五輪関係者》を条件に挙げる声に押される形で新会長の座に就いた橋本聖子氏(56才)は、いったいどんな人物なのか。
橋本氏が“新しい家族”を築いたのは、1998年12月、34才のときだった。
「結婚相手は警視庁に勤める警察官で、当時の農林水産相のSPを務めていた。ご主人は死別した前妻との間に子供がいて、聖子さんは当時中学生の長女を頭にいきなり3人の子供の母になったのです」(橋本氏の知人)
その後、橋本氏は3人の実子にも恵まれた。2000年のシドニー五輪の年に生まれた女の子には聖火にちなんで「せいか」、アテネ五輪のあった2004年に生まれた男の子には「亘利翔(ぎりしゃ)」、トリノ五輪の2006年に生まれた男の子には「朱李埜(とりの)」という名前をつけた。
《変な名前だとネットなどで取り沙汰されたこともあるのですが、子どもたちは変な名前とは思っておらず、結構、気に入ってくれています》
こう橋本氏は過去の自著で綴っているのだから、他人が口を挟むことは何もない。それにしても、子供たちが生まれた年が全部五輪イヤーにあたるとは、橋本氏にはどこまでも五輪がついてまわる。3人の実子はいま、五輪出場を目指してスポーツに打ち込んでいるという。
「せいかちゃんが生まれたばかりの頃は、議員会館で育児をする日々。といっても、もっぱら秘書たちが面倒を見ていました。お母さんよりも秘書に懐いていた時期があったほど(笑い)。ギリシャくんが生まれてからはベビーシッターも積極的に雇っていたし、議員と育児の両立はかなり大変そうに見えましたね」(永田町関係者)
夫の地元、千葉県大網白里市に行く暇もほとんどなかった。
「お義母さんの世話の必要があったから、ご主人は千葉と東京の往復生活。連れ子たちも橋本さんと一緒に住まずに、こっちにいたと思います。お義母さんが、『私の孫たちに、あんまり愛情を持って接していないんじゃないか』と話していたのを覚えています。オリンピックの会長に就任したから、市民が歓迎しているって記事をこの前読んだけど、ほとんど帰ってきたことのない人を地元の人とは呼べないね」(地元住民)
連れ子が橋本氏の私設秘書をやっていた時期もあるため、愛情に差があるというのは、夫の地元のやっかみもあるのだろう。
※女性セブン2021年3月11日号