「睡眠は薬に勝る」──海外には、そんなことわざがある。私たちは1日の約3分の1を寝て過ごす。その時間は生命を維持するために欠かせず、小さな悩みごとなら寝れば忘れてしまう。しかし、休息をとっているはずの時間に、生命の危険に襲われる恐ろしい病がある。例えば急性心筋梗塞は国内で年間15万人が発症し、そのうち約4万人が亡くなっているとされる。
急性心筋梗塞など、心疾患の原因の多くを占めるのが動脈硬化だ。これは文字通り血管が硬くなることを指す。普段血管は、それ自体のしなやかさを利用して全身にくまなく血液を送っているが、柔軟性が失われると心臓の負担が増大する。さらに、血管の内側がもろくなると粥腫(プラーク)という「こぶ」が血管の壁に形成され、血管の中を狭くしたり、はがれて血管を詰まらせたりすることもある。
動脈硬化は加齢のほか、高血圧が主な原因とされる。健康診断などで血圧の高さを指摘されている人は普段から塩分を控えるなど生活習慣に配慮したり、薬をのんだりして対処しているだろう。しかし、恐ろしいのは「自分は正常値だ」と思っている人の中にも、実は高血圧の人がいるということだ。内科医の近藤千種さんはこう指摘する。
「通常なら、自律神経の働きによって就寝後、徐々に血圧が低下し、朝の起床時に向けて上昇していきます。しかし、夜になっても血圧が下がらない人もいて、これを『夜間高血圧』と呼びます。
健康診断でも気づかないため指摘されませんし、本人も自覚症状がないまま、長期にわたって高血圧によるダメージが全身の血管に蓄積されてしまう。最終的には心不全や脳卒中、心筋梗塞など循環器系のリスクを高めることにつながってしまうのです」
夜間高血圧を含め、高血圧と診断される人の9割ほどが生活習慣などによる原因不明の「本態性高血圧症」というものに分類される。だが近年になり、ある病気と夜間高血圧の関連が疑われていると近藤さんが続ける。
「夜間高血圧は睡眠時無呼吸症候群と関係すると指摘されているのです。そのメカニズムは、無呼吸状態から呼吸が再開される際に脳が覚醒状態になり、本来優位であるはずの副交感神経に代わって、交感神経が働くためではないかといわれています」