演出を担当した鴨下信一は新人俳優の育成に定評がある。
「当時のTBSは金曜ドラマに新人を出す時、特訓するんです。看板番組に酷い役者は出せませんから。三週間くらいプロデューサーやディレクターに演技指導してもらいました。風吹ジュンちゃん、新井康弘、僕の三人で。リハーサルみたいな演技指導で、テレビの演技を事細かに教えてもらいましたね。それは舞台とは全然違うものでした。
当時のテレビはマルチカメラをスイッチングしながら、一つのシーンを割らずに一気に撮っていました。ですから、芝居も流れるようにしたほうがいい。
でも、ナチュラルにしながらも、芝居どころはあるわけです。たとえば何かの判断を迫られた時、ジュースをもって目線を落としてかき混ぜるとか。それを自然にやれば、あとはカメラが勝手に撮ってくれる。鴨下さんはそういう行動心理学を入れながら芝居を教えてくれました。
鴨下さんは怒ると声が変わるんです。二回くらいまでは『そうじゃないだろう』と穏やかな口調なのですが、三回目になるといきなり『お前、まだ分からねえのか!』って。怒鳴られることで勉強になりました。
現場では本当に緊張しました。相手はいつもテレビで観ている人ばかりでしたから。でも、本番では全て忘れて夢中に芝居しました。竹脇無我さんに『国広君、よくやったな。この役ができたら、もう一生怖いものはないよ。これより凄い役はなかなか出会えないぞ』と言ってもらえたのは嬉しかったですね」
【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2021年3月12日号