【著者インタビュー】町田そのこ氏/『52ヘルツのクジラたち』/中央公論新社/1600円
【本の内容】
田舎すぎて満足に店もなくて、コンビニすらない〉町にひとり引っ越してきた女性・貴瑚。他人と関わり合いたくないという理由で、人間関係を含めたすべてを捨てて東京から来た彼女だったが、母に虐待され「ムシ」と呼ばれる言葉の話せない少年と出会い、頑なな気持ちはやがて変化していく。貴瑚と少年の過去に何があったのか。明かされていく衝撃の事実と、希望の差す結末に涙なくして読めない傑作。
「どうしたらいいんだろう」私自身が考えながら書いた
クジラの声の周波数はだいたい10から39ヘルツなのだそう。ところが、52ヘルツの高音で鳴くクジラがいて、このクジラの声はほかのクジラたちには聴こえないらしい。
「デビュー作の『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』の短篇連作を書くのに、海の生き物の生態をいろいろ調べていたとき、52ヘルツのクジラのエピソードも見つけました。なんだか物語になりそうだけど、短篇に落とし込むにはイメージが壮大すぎる気もして、いつか長篇を書くときのために取っておいたんです」
声を出しても仲間に聴こえないクジラの存在は、恐怖や悲しみ、怒りの声をあげたくてもあげられない人たちがいることと重なり合う。
『52ヘルツのクジラたち』の主人公が移住するのは大分県の海辺の漁師町。これまで架空の町を描いてきた町田さんだが、初めて現実の場所を舞台にした。
「私の家は祖父母の代からずっと九州で、大分には時々、クジラが打ちあがるという話を聞いてたんです。いつか見てみたいな、と思っていたので、52ヘルツのクジラの話を書くなら大分で、とすんなり2つが結びつきました」
長篇に挑戦するのは4作目になる本作が初めてだが、プロット(筋書)はつくらずに、書いていったそうだ。
「無謀なことをしたと自分でも思うんですけど(笑い)、プロットを決めて書くのが窮屈なんです。1章を編集者に渡したときは、終わりがまったく見えていなくて、主人公と、虐待を受けている少年、2人が幸せになる終わり方を模索しながら書いていきました。先が見えないから途中で何度も手が止まり、『どうしたらいいんだろう』って主人公が思っているときは、私自身が、『どうしたらいいんだろう』って考えていたりします」
丘の頂上にある古い一軒家に引っ越してきた主人公は、なぜこの町に移り住んだのか。彼女が時折、心の中で呼びかける「アンさん」とは何者なのか。彼女が知り合った、虐待を受けているらしい少年は、なぜ話せないのか。主人公は、なぜ少年を放っておくことができないのか。現在と過去を行ったり来たりしながら、いくつもの「なぜ」の答えが解き明かされていく。
「書きながら、ああ、この人はこういう背景がある人なんだな、って自分の中でだんだん具体的になっていくようでした。書きたいことが自分の中にいっぱいあるのを、次はじゃあこの話を出すタイミングだな、次はこれを、って感じで書いていき、書きあげたあとで大きく修正するところはなかったです。この次、同じやり方はできないかも(笑い)。構成をほめられると、ちょっとドキドキしますね」
最初に決めたとおり、ハッピーエンドではあるが、かなり現実的な、地に足のついた終わり方を選んでいる。
「きれいな、夢のある終わり方を選ぶこともできたと思うんですけど、このテーマをファンタジーのように扱ったらだめだと、途中で終わり方を決めました。もしかしたら、プロの目から見ればもっとうまい助け方があったかもしれません。小説の読者が一緒になって考えてくれたらいいなと思います」
児童虐待や、シングルマザーの貧困問題については、ずっと関心があったという。
「私が子どもを産んだ1週間後に、生まれてまもない赤ちゃんが遺棄された事件が地元であったんです。私自身、シングルマザーだった時期もあるので、他人事ではないという気持ちがあります。今回、小説に書いたからと言って、自分の中でこの問題を消化できたというわけでもないので、この先もアプローチを変えながら書いていくことになるんじゃないかなと思います」