【著者インタビュー】伊与原新氏/『八月の銀の雪』/新潮社/1760円
【本の内容】
理系の大学生・堀川は人前でうまく話せず就活連敗中。コンビニの外国人アルバイト・グエンの手際の悪さにもイライラしていた。そんなとき、偶然出会った大学の同級生に《「大丈夫。堀川は基本、座ってるだけでいいし。週に二、三回、二時間だけ俺に付き合ってくれたら──」》と甘い話を持ちかけられ、話に乗る。ひょんなことからグエンとも言葉を交わすようになり……(表題作)。そのほか、偶然の出会いの先に待ち受けていた科学の意外な真実が、傷ついた人生をあたためる短篇5篇を収録。
地方の国立大学の学生が東京の学生と競って勝ち上がるのは大変
就活に連敗中の大学生。子育てに悩むシングルマザー。アパートの住人に立ち退き交渉をするがうまくいかない不動産屋の契約社員。
直木賞と本屋大賞の候補にもなった短篇集『八月の銀の雪』の登場人物は、なんらかの事情を抱えていきづまり、途方に暮れている人ばかりだ。八方ふさがりの彼らや彼女らが、ふとした偶然から科学に裏打ちされた真実を目の当たりにし、世界の見え方が変わるような経験をする。
「へえ!」と思わず声が出る、驚きのある科学のエピソードが物語を支えるかたちで出てくる。
伊与原さんはもともと地球物理学の研究者で、専門は地磁気だ。面白そうな題材は、専門分野以外のものでも、つねにチェックしているという。
「科学雑誌を読んだり、科学情報を発信するSNSをチェックしたり、小説にしたら面白そうだな、というものは頭にストックしていて、書くときに改めてじっくり調べたりします。『アルノーと檸檬』に出てくる伝書バトが地磁気を使うのはもちろん知っていましたけど、新聞社がハトを業務に使っていたことは知らなかったし、『十万年の西風』の偏西風の発見が風船爆弾とダイレクトにつながっていたのも知りませんでした。自分が面白いと思ったことは新鮮な感じで小説に活かせるようです」
『八月の銀の雪』の場合は、まず5篇で取り上げる題材の候補をいくつか考え、登場人物についてもアイディアを出し、この題材ならばこの人、としっくりハマる組み合わせから書いていった。
表題作に出てくるのが就活で苦労する大学生だ。伊与原さんがかつて大学で教えていたとき、学生のエントリーシートを見たりしたことがあったそうだ。
「先生これどうですか、って聞かれても、ぼく自身、就活もしていないし人事担当でもないので、正直、正解なんてわからないです。小説にも書きましたけど、地方の国立大学には、まじめでがんばって勉強しているのに、話をさせるともじもじしてしまう学生も多い。東京の学生と競って勝ち上がっていくのは本当に大変なんです。企業も、2、3年つきあって、本当の能力を見てくれたらいいのに、と思ってました」