【著者インタビュー】遠田潤子氏/『紅蓮の雪』/集英社/1800円+税
旅館の御曹司との婚約を突然破棄し、故郷の山城から〈飛んだ〉という、双子の姉〈朱里〉の唐突な死。姉が遺した大衆演劇雑誌と、死の1週間前に観たらしい〈鉢木座〉の半券だけが、彼女の弟〈伊吹〉にとって唯一の手掛かりだった。遠田潤子著『紅蓮の雪』。特に芝居好きでもない姉は、なぜわざわざ大阪まで行き、何を知ろうとしたのか──。
伊吹は早速公演を観に行き、若座長で看板女形の〈鉢木慈丹〉から事情を聞くが、なぜか話の流れで一座に加わることに。美形で剣道や日本舞踊の心得もある彼を慈丹がスカウトしたのだが、姉の死後、母〈映子〉との仲を一層こじらせ、大学も辞めてしまった伊吹には、他に行く所もなかったのだ。
しかし、彼が一座に溶け込むほど顔を曇らせる男がいた。慈丹の父〈秀太〉である。なぜ彼は伊吹を嫌い、なぜ朱里は死を選んだのか──。そこには彼ら姉弟を遠ざけ続けた父〈良次〉の死が暗い影を落としていた。
「なぜ大衆演劇かというと、テレビでたまたま見た梅沢富美男さんがきっかけなんです。この人、とんでもない美人に化けるんやって、昔見た『夢芝居』(1982年)の衝撃が蘇り、庶民的な感じと女形の時の妖艶さを小説にしたら面白そうだと。それからです、劇場に通い始めたのは。大阪だと通天閣の周辺が多いんですが、チケットを買うのもとりあえず劇場に早く来て延々並ぶとか、芝居を観るシステム自体も新鮮でしたね。
そんな鑑賞歴ゼロのニワカからしたら、例えば〈お花〉といって贔屓の役者さんに現金を付ける習慣なんかも、知っているのと現場で見るのは大違い。フツウは付けませんよね、人間の体に現金って(笑い)。それでいて下品な感じもなく、何でもありの異世界に来てしまったというのが伊吹同様、私の初印象でした」
鉢木座は戦後まもなく旗揚げした家族劇団で、先代の次男・秀太が座長、その息子・慈丹が副座長を務め、慈丹の妻で裏方全般を仕切る〈芙美さん〉や座付作家の〈細川さん〉以外は、慈丹の5歳の娘〈寧々〉も含めた全員が舞台に立つ。昼の部と夜の部をほぼ毎日、歌謡ショーや舞踊も含めた盛り沢山な構成でこなし、公演が終われば涼しい顔で次へと渡り歩く一座に伊吹は凄みすら感じる。