世間一般の意見とは、「みんなが言っている」の拡大版だととらえられがちだが、実際にはそうではない。たいていの人が言う「みんな」は、自分とよく似た考え方をする人たちの集まりだからだ。その偏った「みんな」を相手にネットで投票を呼びかけた場合、それは「世論」調査と言えるのだろうか? ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、ネットユーザーが作る「世論」について論考する。
* * *
ネットがもたらす「世論」について考えてみる。かつて「世論」というものはテレビ局・新聞社・通信社が固定電話に電話をすることによって「賛成」「どちらかといえば賛成」「どちらかといえば反対」「反対」「分からない」などの答えを得ていた。
一方、ネットが作る世論というものは、この手間がかかっていない。たとえば、ツイッターには4択の投票機能があるが、これは、ツイート主が基本的にはフォロワーに向けて投票を呼び掛ける。たとえば「登場キャラが胸を強調するアニメ作品」に反対の立場の人間が「この作品の胸強調表現はアリ・ナシ?」とフォロワーに呼びかけたら「ナシ」が90%を超える、といった結果になる。
この投票を呼び掛けた人間はこの結果を基に「世の中の人はこのアニメに反対しています!」と高らかに宣言し、「胸を強調するアニメ作品は社会に害悪をもたらす」、との自身の主張を強化するのである。
こんな結果が出た場合、今度は「アリ」だと思う派の中でフォロワーの多い人物が同様の4択投票を行なう。すると「アリ」が90%となる。途中、劣勢の「ナシ」派が投票を呼び掛け、「ナシ」の投票数を増やそうとするもそもそも最初から相互ブロック関係になっているため、投票に参加できない。かくして「アーアー聞こえない」状態でイエスマンのみが自分の周囲を固め、独善的な意見をネットで発信するようになっていくのである。
また、ネットユーザーが作る世論というものは、若干偏りが見られる。というのも、ランキング調査に参加するのが、私のこれまでの観察結果による感覚だと30代後半~50代後半が多いように感じられるのだ。
2020年2月にgooランキングが行なった「プロ野球史上最強の左打者ランキング」のトップ10は以下の通り。【1】王貞治【2】イチロー【3】ランディ・バース【4】松井秀喜【5】大谷翔平【6】前田智徳【7】掛布雅之【8】柳田悠岐【9】ラルフ・ブライアント【10】阿部慎之助と立浪和義。
ここで「張本勲はどこへ行った?」と思うだろうが、13位なのである。ちょっと待て、3割8分3厘を打った年に、26本塁打で2冠王に輝いた大下弘はどこへ行った? 圏外である。その一方で、44位には長崎啓二(現・長崎慶一)が入っている。確かに長崎は首位打者に輝いたことはあるし、1985年の日本シリーズでは阪神の優勝を決定づける満塁本塁打を打っている。だが、大下よりも上とは到底思えないのだ。やはり1985年の阪神ファンかつ現ネットのヘビーユーザーにとってのイメージが強すぎる。