「突然、東京で何をしているか、本当は浮気をしているのではないか、と泣き始めました。最初は訳がわからず笑ってやり過ごしていたのですが、ある日帰宅すると妻がいない。もしやと思い、そのお婆さんの宅を訪ねると、妻はそこにいました。ですが、お婆さんが遮って妻に会わせてくれない。何が起きているのか、全く分かりませんでした」(中村さん)
後に分かったことだが、妻は老婆に有る事無い事吹き込まれた挙句、中村さんが不倫をしていると疑っていたのだ。老婆に何をしたのだと問い詰めるものらりくらりとかわされ、議論にならない。困り果てた中村さんは自治会長に泣きついたが、返ってきた言葉は驚くべきものだった。
「あのお婆さんは昔……、それこそ学生時代から『他人を取り込む』ことで有名で、自治会長の息子の妻にも同じようなことを行い、離婚に追いやっていたそうなんです。気の小さそうな人、弱っていそうな人を見つけてはすり寄っていき、自分のしもべのようにする。金を取られたり、何かを買わされるわけではないのですが、パートナーの悪口を吹き込み、孤立させ、自分だけを信頼させる。そんなトラブルが相次いだから、お婆さんと近所の人の付き合いはなかったんです」(中村さん)
警察に相談しても取り合ってくれず、妻の親友経由でなんとか説得し、妻が自宅に戻ると慌てて都内の中村さんの実家へ引っ越した。
「妻の様子は今も元通りとは言えませんが、少なくともお婆さんの影響下にはなく、なんとか元に戻って欲しいと思っています。妻が洗脳された、なんて知人に言うと笑われますが、冗談にならないほど恐怖を感じました。私自身は”被害”にあったと思っていますが、こういった話を近しい知人にしてもなかなかわかってもらえないもどかしさもあり、心の中にとどめるしかありません」(中村さん)
相手より優位に立ちたい、という自意識から老婆は「洗脳」をしかけたのか。狙いが金銭ではなかったためにその動機は今もわからない。ただ、その動機を明確にして、善人のふりをして近づいてくる輩はさらにタチが悪い。
「初めは、世話好きのベテラン社員、というふうにしか思っていませんでした。彼に悩みを相談している同僚や先輩も多くいて、頼れる兄貴と慕っている人も多かったんです」
都内の化学製品メーカー勤務・横田詩織さん(仮名・30代)は、会社の上司が次々に同僚や部下を「洗脳した」一部始終を目撃した。悩みを聞いてくれる人好き、おせっかいな人事部所属の男性上司。横田さんも仕事の悩み、そしてプライベートの悩みを、社内で、居酒屋などの社外で、幾度となく相談した。ただし、その時に違和感があったのも事実だった。