もしも自分の子供が異国の地で殺されたとしたら、親はその国を憎まないでいられるだろうか──。ちょうど4年前の2017年3月下旬、千葉県松戸市の小学3年生だったベトナム人女児、レェ・ティ・ニャット・リンちゃん(当時9)が殺害された事件。殺人などの罪に問われた元PTA会長の澁谷恭正被告(49)は3月23日、一審に続いて東京高裁で無期懲役を言い渡された。極刑をのぞんでいたリンちゃんの父親・ハオさん(38)にとっては無念の結果となったが、それでも彼は、日本という国に憎しみの感情を抱いてはいない。
なぜなのか。
2018年6月半ばに一審千葉地裁で開かれた公判の証人尋問で、ハオさんはこんな証言をしている。
「日本の中に悪い人はいますけど、いっぱいの方が私に支援し、手伝ってくれた。だから日本は嫌いじゃない。リンちゃんを殺した犯人は嫌い。必ず処罰しなければならない」
裁判長から「事件後に日本を嫌いになった気持ちはあるか」と問われた際の答えだ。犯人に対する処罰感情は募る一方、自身を支援してくれる日本人への思いも交錯しており、それが「嫌いじゃない」という二重否定の複雑な心境に至ったようだ。
ハオさんは事件後、IT関係の仕事が手につかなくなり、ようやく復帰できたのは2年近くが経ってから。妻のグエンさん(34)とリンちゃんの弟、トゥー君(7)がベトナムに帰省している日も多く、松戸市の自宅に1人残されたハオさんの表情はいつも固いままで、寡黙だった。そんな彼を支えた日本人たちの存在はやはり、大きかった。
「ハオは外国人だから、日本で生活するだけでも大変なのに、こんな悲劇が起きたら2倍にも3倍にも過酷な状況になる。日本でできることは僕がやってあげたいと思いました」
そう話すのはリンちゃんと同級生だった長男を持つ、リフォーム業者の渡辺広さん(48)。互いの家が近かったことから、リンちゃんの転校時に担任の先生から「よろしくね」と頼まれたのをきっかけに、ハオさん一家との交流が始まる。グエンさんがトゥー君を連れてベトナムに一時帰省した時は、仕事でハオさんの帰宅が遅くなるため、学校帰りのリンちゃんを家に預かった。長男と一緒に宿題を済ませ、夕食やお風呂などの世話をした。リンちゃんが行方不明になった時は、家族総出で探し回った。悲報を知らされてからは、憔悴しきったハオさんに「何もできなくてごめんね」と声を掛け、抱きしめるのが精一杯だった。渡辺さんが振り返る。