春は10回(今年の第93回大会含む)、夏は8回の甲子園出場を誇り、これまで55勝を挙げ、8度にわたって全国制覇を遂げている大阪桐蔭の西谷浩一監督にとって、就任以来、甲子園での初戦敗退は2002年夏のわずか1度だけ。春の選抜では一度もなかったことだ。その西谷監督率いる大阪桐蔭が、1回戦の智弁学園戦に6対8で敗れ、早くも姿を消した。
大阪桐蔭らしさのまるでない試合だった。
大阪桐蔭らしさとは――。全国に眼を光らせたスカウティングによって、ライバル校がうらやむ巨大戦力で相手を圧倒する。球速も球威もある逸材が先発し、初回の攻撃から足でかき回し、パンチ力で相手に圧をかけていく。つまり、1回から勝負が決する9回まで一度も主導権を渡さない戦い方だ。
しかし、西谷監督にとって今年の甲子園初戦は誤算だらけだったに違いない。
第1の誤算は、先発左腕・松浦慶斗の立ち上がりの4失点だ。初回の攻撃が3人で終わったあとの1回裏、松浦は先頭打者に単打を許すと、2番に死球、プロ注目の3番・前川右京に四球を与え、無死満塁のピンチを招く。そこから犠牲フライと、6番・植垣洸に走者一掃の二塁打を放たれ、4失点と出端を挫かれてしまう。
「立ち上がりに不安のある投手なので、初回がポイントになると思っていました。今日は特に“ゲームを作ろう”という意識が強すぎて、自分のペースに持って行けなかった。結果として松浦が試合を作れなかったことが、苦しい展開につながってしまった」(西谷監督)