【著者インタビュー】恩田陸氏/『灰の劇場』/河出書房新社/1700円+税
〈それは、ごくごく短い記事だった〉〈年配の女性二人が、一緒に橋の上から飛び降りて自殺したという記事である〉〈どうしてその記事が目に留まったのかは、今でもよく分からない。けれど、目に記事のほうから飛び込んできたという感じで、すごくショックを受けたのを覚えている〉〈この記事が私の「棘」になった〉
そして20年。作家として着々と実績を積む〈私〉は、この〈顔も名前も知らない〉2人のことを、〈初めてのモデル小説〉に書こうとする。そう。俗に言う〈事実に基づく物語〉として──。
が、〈0〉=その20年来の宿題に挑んだ作家の時間と、〈1〉=作中人物〈M〉と〈T〉が生きた時間、さらには〈(1)〉=その小説が舞台化された未来の時間が、恩田陸著『灰の劇場』には並走。結果的には〈0〉が〈1〉を呑み込んでしまうなど、奇跡的な均衡の上に成り立つ実験の書となった。
連載も異例の7年に及び、『蜜蜂と遠雷』の直木賞受賞や母の死など、その間の個人史も適宜盛り込んだこの半実録的作品を、恩田氏自身はこう表現する。「フィクションにまつわるフィクション」と。
いつも構想も定まらない段階で「表題だけが直観で浮かび」、書いてみて初めて「そうか、そういうことか」と納得するという恩田氏。今思えば、虚構の書き手である自分は、時に映画化や舞台化などでフィクション化される立場にも立たされ、そんな時の「居心地の悪さ」も、この表題は包括すると言う。
「結果的に、ですけどね。それこそ最初は彼女たちが自殺に至る経緯を何通りか、羅列しようとも思ったんです。でもそのうち、自分はなぜその記事に興味を持ち、何がそんなに引っかかったのかに、むしろこの小説のテーマはあると気づいた。
だとすれば、その、事実に基づく物語が書かれていく過程を実況中継することで、フィクションとは何かとか、事実ってどこまでが事実? とか、私が常々気になっていることも含めて小説化できるのではないかと」