ニューヨークでビジネスコンサルティング会社を主宰する元客室乗務員の倉本美香さん。2003年、美香さんの長女としてニューヨークで生まれた千璃(せり)ちゃんは、眼球と鼻梁がない重度の障害をもっていた。
トンネルの中を模索し続けるようだったという美香さんだが、千璃ちゃんにたくさんの勇気をもらったから、同じ困難に向き合っている人、またそうでない人達にも伝えたい、と書き綴っていた日記をまとめた著書『未完の贈り物 娘には目も鼻もありません』(産経新聞出版/文庫版・小学館)を2012年に刊行。続編『生まれてくれてありがとう 目と鼻のない娘は14歳になりました』(小学館)もあわせ、多くの人々の心を揺さぶるベストセラーとなった。
そして、千璃ちゃんが18才の誕生日を迎えたこの春、この著書が原案となるリーディングミュージカル『DUSK』の公演が東京で行われている(~4月25日、「ミュージカルを考えるチーム ビエンナーレ」)。「刊行してから9年が経過して、今でもこうして作品から繋がるメッセージを、第三者が伝えようとしてくださることに、大いなる意義を感じています」と美香さんは話す。
差別や偏見とたたかいながらも必死に生きていく美香さん家族の軌跡を読んだプロデューサー、演出家をはじめスタッフが一丸となり、その思いを伝え、道に迷っている人の心に明かりを灯す機会になれば、とメッセージをこめられたこの舞台。
決してミュージカル劇に仕立てやすい題材ではないはずだが、それでも美香さんと家族の物語には、向き合いたい、向き合わなければ、と引き寄せる強い力がある。
「現在千璃は、ニューヨークアップステートにあるスペシャルスクールで過ごしています。今でも言葉を発することはなく、全てに介助が必要ですが、干支が一回りしてようやく歩けるようになった後、今は白杖を使って歩く練習をしています」(美香さん)
現実の物語は続いていて、このミュージカルも安直なハッピーエンドでは終わらない。それでも、見終わった後、生きていくことに光が見えるような、清々しい前向きなエネルギーが沸いてくる。
ニューヨーク在住の美香さんは、ワクチン接種も行い万全の感染防止対策でこのたび来日し、初日から観劇した。
「世に伝えた時点で作品は一人歩きしていくものですが、2019年秋に舞台化された時とは、まったく別の制作チームが、まったく違う目線で作り上げてくれました。その姿を見て、本を読まない人たちに伝える手段としてのエンタメの可能性を感じる機会にもなりました」(美香さん)