音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、『鰍沢』に『百年目』と大ネタ二席を堪能できた柳家三三プレミアム独演会についてお届けする。
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3月29日、よみうり大手町ホールで「柳家三三プレミアム独演会 三三協奏曲2021年春」を観た。昨年秋に始まったこの企画のサブタイトルは「三三の奏でに聴き入る・浸る」。コンセプトは“長講二席ネタ出し”で、2回目となる今回は『鰍沢』『百年目』だった。
日蓮宗の本山である身延へ参詣した旅人が雪山で遭難、訳ありの美女が暮らす荒れ家で命拾いしたはずが命を狙われる羽目になるサスペンス落語『鰍沢』。俗に三遊亭圓朝作と言われていたが、実際には狂言作者の河竹黙阿弥が「玉子酒、筏、熊膏薬」の三題噺として創作し、圓朝が演じたものだという。
三三の師匠である小三治は2007年10月、上野鈴本演芸場での最後の独演会で『鰍沢』を演じたが、2009年公開のドキュメンタリー映画『小三治』には、その開演前の楽屋で入船亭扇橋が小三治に「旅人が訪ねてきたときの女の返事こそ『鰍沢』の急所だ」と語る場面がある。
女の返事は高い調子ではなく、あくまで低く抑えたトーンの「誰?」であるべきだというのである。小三治は、まさにそのように演じた。そして三三も、訝しむような表情と共に「はい……なんです?」と、低いトーンで女に答えさせた。この声音に「心中し損ないの花魁が隠れ住んでいる」という女の身の上が凝縮されている。
印象に残ったのは旅人が逃げようとしているのに気付いた女の台詞。ここでは毒を呑んだ亭主が死ぬものと決めつけて「お前の仇はあの旅人だ!」と言うのが普通だが、三三は亭主が死んだという描き方はせず、女に「あれに逃げられたらこっちの身が危ない。何より百両持ってるんだ。鉄砲貸しとくれ、ブチ殺してくるから!」と亭主に語りかけさせた。つまり“口封じ”と“金目当て”の両方で殺しに行くのである。このほうが遥かに自然な解釈だ。