『古畑任三郎』(フジテレビ系)ほか、数々の大ヒット作で知られる国民的俳優・田村正和さんが4月3日、心不全で亡くなった。葬儀は4月上旬に、ごく近い親族のみで行われたという。田村さんは1943年8月、京都・嵯峨野で生まれた。父は時代劇の映画スターとして一世を風靡した阪東妻三郎さん(享年51)で、数千坪の敷地を誇る京都の生家には、男ばかりの4人兄弟が思いっきり遊べるように300坪の運動場があった。
程なくして東京・世田谷に移り住んだ後、9才で父を亡くした。その「阪妻」の息子を周囲が放ってはいなかった。田村さんは成城学園高校在学中の1961年に松竹大船撮影所と専属契約を結び、同年に映画『永遠の人』で本格デビューを果たした。
1966年にフリーになってからはテレビの時代劇を中心に活躍。1980年代には『うちの子にかぎって…』『パパはニュースキャスター』など、TBSホームドラマ黄金期の数々の名作に主演。カッコいいけど、どこかとぼけた“二・五枚目”役でお茶の間の人気を博した。唯一無二の当たり役となったのが、1994年にスタートした『古畑任三郎』シリーズ(フジテレビ系)だ。
「田村さんは最初こそオファーを断りましたが、脚本担当の三谷幸喜さんから、“ピストルを持たずアクションもなく、論理的に事件を解決するまったく新しい刑事ドラマです”と説得され、台本を読んで出演を快諾しました。
毎回、豪華ゲスト俳優が犯人役を演じる難事件を古畑が鮮やかに解決するドラマは大人気となり、第3シーズンまでのレギュラー版に加え、SMAPが本人役で登場するなどのスペシャル版が制作されました。放送開始から14年に及ぶロングヒットで、田村さんの代表作です」(テレビ局関係者)
古畑シリーズを続ける傍ら、ほかのテレビや舞台にも出演し続けた。老若男女問わない知名度を得た田村さんだが、私生活は秘密のベールに包まれていた。
「“役者は真っ白なキャンパスに役という色を塗っていく。自分の私生活はこの色ですと、先に色を塗って人に見せる必要がありますか”という信条を持つ田村さんは、決して私生活を明かそうとしなかった。
ドラマの収録中は、食事を控室に運ばせて自分が食べる姿をスタッフにも見せず、海外ロケに行った際は日本から炊飯器を持ち込み、ホテルの部屋でひとりご飯を炊いて食事を済ませるほどの徹底ぶり。仕事のない日は家に閉じこもって映画鑑賞や読書をして過ごし、他人と交流することはほとんどありませんでした」(前出・テレビ局関係者)
※女性セブン2021年6月3日号