映画史・時代劇研究家の春日太一氏による、週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・田中健が、時の総理大臣や悪役を演じる面白さと難しさ、さらには楽器ケーナとの出会いについて語る。
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田中健は二〇〇五年と〇六年に現在進行形の政局をドラマ化したテレビ東京の『ザ・決断!』で時の首相である小泉純一郎を演じ、その再現性の高さが話題になった。
「僕にはモノマネはできませんから、資料をいっぱいもらいました。でも、その資料は記者会見とか、普通に我々が観ている映像なんです。執務室でどうだったのかが分からない。
それで記者の方々にたくさん聞きました。『小泉さん、普段はどんな人ですか?』と。すると、みんな『ほとんど人の話を聞いてないです』と答える。『うんうん』と聞きながら、どこか遠くを一点に見ている。その時、他のことを考えているわけです。
人に何を言われても自分ではすでに何か先のことを考えている。そういう性格が見えてきて大きなヒントになりましたね」
近年では時代劇や刑事ドラマなどで悪役のポジションに回ることも増えてきた。
「本当は、もっと早くに悪役をやっておけばよかったと思っています。
悪役って難しいんです。善人より難しい。いっぱい考えないといけませんから。ですから、あまり自信がなかったんです。
悪役って、何をどうやってもいい。セリフにしても、笑いながらでも怒りながらでもいい。しれっとしていてもいい。全て本心を隠した腹芸をするのが悪役ですから。
演技をどう選別するかを自分で考えるのが悪役です。そこはとても面白いですし、勉強になります。
若い頃は『言葉の裏側』などを考えることもできませんでした。その純粋さがかえって良かったのかもしれません。裏のない、直滑降に自分の想いをぶつける役ばかりでしたから。
それが今は裏側しか考えられない。この言葉の裏には何があるんだろう、と」