今からちょうど60年前の1961年春、一人の国会議員が単身、視察に訪れた東南アジアの国ラオスで、忽然と姿を消した。その足取りは同年6月までは辿れたものの、以後の行方は杳(よう)として知れず、8年後に法的に「死亡宣告」が出されるに至った。
その人物とは、元陸軍参謀・辻政信(つじ・まさのぶ)——。
戦時中は、「ノモンハン事件」や「マレー作戦」を主導した作戦参謀として知られ、泥沼の戦争に突き進んでいった昭和陸軍の「独断専行」を体現する人物とも評される。戦後は『潜行三千里』『十五対一』などの手記を次々と発表してベストセラー作家となり、ついに代議士にまで上りつめた。そんな異色の経歴を持つ国会議員が、かつて最前線で戦っていた東南アジアの地に乗り込んで、そのまま行方不明になってしまったのだった。
謎の失踪から丸60年、「死亡宣告」からも半世紀以上が過ぎているにもかかわらず、いまだに辻政信の名はメディアを賑わしている。『辻政信の真実』(小学館新書)を著わした読売新聞の文化部記者・前田啓介氏は、その背景についてこう解説する。
「辻についての主要な評伝が刊行されたのは1980年代までで、それからすでに30年以上の歳月が経っています。もはや辻政信は忘れられた存在なのかと言うと、決してそんなことはありません。辻の名前は、今もSNSなどでよく見かけます。これまでも、SNS上では“独断専行”や“責任回避”といったネガティブな意味で辻の名前が用いられていましたが、特にコロナ禍でその機会は増えている印象もあります。
一方で、近年では『潜行三千里』や『ノモンハン秘史』など、70年ほど前に出された辻の自著が復刊され、書店に平積みにされているのを見かける機会も増えてきています。依然として、辻政信“人気”はあると見ていいと思います」