【著者インタビュー】佐久間文子氏/『ツボちゃんの話』/新潮社/1870円
コロナ禍という言葉すらまだなかった昨年1月13日。文筆や評論の世界で独特の存在感を放った坪内祐三氏が、急性心不全のため突然この世を去った。享年61。
本書『ツボちゃんの話』は、文芸ジャーナリストとしても活躍する妻・佐久間文子氏が、故人の比類なき業績や彼との生活を綴った追悼の書。尤も自身は1年半前に抱いた、〈現実に似たべつの世界に入り込んでしまった気がした。もとの世界で、彼はまだ元気でいるのではないか〉という感覚を未だ拭えずにいると言い、膨大な遺品、特に本の山と今もって格闘する毎日だ。
「彼の仕事場を畳む時点で500箱くらいあったのを、何とか100か200まで減らしたいんですけどね。特に雑誌類は珍しいものも多く、つい私まで面白くなってきちゃって……」
床に座り込んだら最後、箱買いした雑誌類を延々楽しそうに読み耽っていたという博覧強記の人は、〈人好きで人嫌い〉など、相反する要素を同居させた、多面体の人でもあった。
〈私はこの人を死なせてしまった〉〈どこで異変を見逃したのだろう〉という妻としての悔恨も痛切な第1章「亡くなった日のこと」。
朝日新聞の文化部時代に、当時まだ知る人ぞ知る存在だった坪内氏の記事を自ら企画し、〈このあと時間ありますか〉と聞かれて〈あります〉と即答したことや、あることで〈怒りのファックス〉を送りつけた矢先、神奈川近代文学館「広津家三代の文学」展で彼と遭遇。あの再会がなければ〈一緒に暮らすことにはならなかったかもしれない〉と思う第2章「出会ったころ」。さらに第4章「雑誌小僧」、第5章「人間おたく」など、全12章の構成がまず秀逸だ。
「基本的には彼と出会ってからの様々な場面、場面を、時系列に縛られず、書ける部分から書いていきました。実は当初、私は特に個人的な事柄に関して距離感が掴めず、客観的にしか彼を書けなかった。それを少しずつ書き直したのが本書で、彼と知り合って以降の私自身の感情も含めた事実関係を、何とかつかず離れずで書けた気がします」