【NEWSポストセブンプレミアム記事】
アメリカの製薬会社バイオジェンと日本のエーザイが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」が米国で承認された。病気の進行に直接介入する根本治療薬としては初めての承認となり、世界的なニュースとなっている。この薬を開発した研究者たちに取材し、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA刊)を上梓した下山進氏が、その開発秘話を明かす。
〈日本でも承認されますように〉
米国時間の6月7日夜、日本時間6月8日の早朝に、バイオジェン社の開発部門の最高責任者アルフレッド(アル)・サンドロックからメールが入っていた。
〈アデュカヌマブが今日、FDA(食品医薬品局)によって承認された!!!。僕からの報せで知ってほしいと思ってメールした。日本でも承認されますように〉
その1週間後の6月15日の朝、ZOOMでインタビューをした際、アルは、今回の承認は、バイオジェンだけの力でなったのではない、と強調し、バトンをつないできた科学者たちの名前を挙げた。
「私たちは先行した科学者たちの肩に乗っている。その出発点がデール・シェンクであり、それをつないだのが、ロジャー・ニッチだ」
アメリカ・サンフランシスコにあったバイオベンチャー「アセナ・ニューロサイエンス」のリードサイエンティスト、デール・シェンクがアルツハイマー病の研究の地平を変えることになるワクチン療法を思いついたのは、1996年のある日のことだ。
レストランで氷の入ったグラスを見ていた時のことだった。氷が少しずつ溶けている様を見て、デールははっとする。これが塩水に浮かぶ岩塩だったらどうだろうか。水を足したらば平衡が崩れ、岩塩は溶けだす。これと同じことが人体でできないだろうか?
このころまでにアルツハイマー病がなぜ起こるのかということについて、「アミロイド・カスケード仮説」が有力になっていた。
アルツハイマー病はまず脳内にアミロイドβという物質がたまっていき、それが固まってアミロイド斑(老人斑)になって、神経細胞の外に付着する。すると今度は神経細胞の中でタウというタンパク質が固まり、糸くずのような神経原線維変化というものができる。そうなると神経細胞が死に、脱落していく。短期記憶や空間識、時間識がおかしくなる認知症の症状が出てくる。これがカスケード(何段にもつながった小さな滝)、つまりドミノを倒すようにして起こるというのがその仮説だ。
であるとすれば、そのドミノの最初の1枚を抜いてしまえばいいのではないか、そうデールは考えたのだった。
どうやって? デールは、これをワクチンによって抜こうと考えたのである。アミロイドβそのものを直接人体に注射をすれば、抗体ができて、体内にあるアミロイドβとくっつき排出される。そうすると「平衡」が崩れて脳内の「岩塩」つまりアミロイド斑が溶けだすのではないか、と考えたのである。