今年3月に亡くなった田中邦衛さん(享年88)の代表作といえば、ドラマシリーズ『北の国から』(フジテレビ系)だろう。離婚を機に東京から故郷の富良野に戻ってきた黒板五郎(田中さん)と、幼い子供、純と螢。電気や水道も開通していない廃屋同然の家での生活と、時に大自然に泣かされ、地元住民に助けられながら成長する親子の姿は大きな感動を呼んだ。
2002年の『北の国から 2002遺言』を最後に放送が終了してまもなく20年。
「あのドラマは僕の人生の一部。これまででいちばん思い出深い仕事です」
出演者の1人である岩城滉一(70才)はこう語る。
岩城が演じた北村草太は、純と螢の兄のような存在だった。バイクとボクシングが趣味で荒っぽいが、真っすぐに生きる農家の青年・草太は黒板家の面々とともに喜び、怒り、笑い、涙した。草太と自分を重ね合わせるかのように岩城が振り返る。
「『北の国から』は地方から東京にメッセージを送った最初の作品です。自分にとっても初めて演技が面白いと思えたドラマで、熱意をもって演じることができました。
撮影の空き時間は、富良野の町で自由に過ごしていたのですが、僕のことを『岩城さん』と呼ぶ人は誰もいなかった。町でパチンコをしていると周りから『草ちゃん、草ちゃん』と役名で声をかけられました(笑い)。いまでも富良野を訪れると、当時から通っているラーメン店に『元気?』と言いながら顔を出してしまいます。もしつぶれていたら寂しいな、と思いながら訪ねて行って、あるとホッとしたりね。もう、第二の故郷です」
長期にわたって出演者と過ごすなか、いまも忘れられないのが田中さんとの交流だ。
「僕はあまり芸能界の人とのおつきあいがないけど、邦さん(田中さん)は別。特別な“友人”でした。
邦さんはビックリするくらい真面目な人でしたよ。プライベートでもよく富良野を訪れていて、『こないだ行ったらあそこに柵ができていたぞ』などと、報告してくれました。ロケ地に建てられた見学施設の『五郎の家』の中に、ファンがメッセージを残す帳面があるんですが、邦さんは『岩城、帳面の数が普通じゃねえんだよ。4畳半の部屋いっぱいに置いてあるんだ。ありがたいねえ』と感謝していた。僕もそれを聞いて、富良野まで帳面を見に行きました」(岩城・以下同)
ドラマが始まった頃、岩城の娘はまだ小学生。撮影のため長い間、父親に会えなくて寂しがっていることを知った田中さんは、岩城にこう声をかけた。