幼い頃、学校で「1日3回、3分間、食後3分以内に、しっかり歯を磨きましょう」と教わった人は多いだろう。関西在住の平尾美恵さん(仮名・42才)もその1人だ。虫歯予防のため、子供のときから歯磨きを熱心に行ってきたという平尾さんだが、40代になってから、歯の不調に悩むようになったという。
「年齢とともに歯茎がやせてきたので、それまで以上に時間をかけて歯を磨くようにしていたんです。子供の頃、『歯と歯茎の間をしっかり磨きましょう』と習ったので、歯の根元は特に丁寧に磨いていました。ところが、ある日、チョコレートを食べたら激痛が走ったので虫歯になったと思い、歯医者へ駆け込んだんです。しかし医師から『歯磨きのしすぎ』と注意されて混乱してしまいました」
一体、どういうことなのか疑問に感じてしまうが、実は、大人の歯のトラブルではよくあること。さらに、その異変は思いがけない重大な病気へと転じる恐れがある。
歯周病予防は磨くよりマッサージ
まず、問題なのは、正しい知識を持たないまま、「歯は、磨けば磨くほどいい」と勘違いしていることだ。神奈川歯科大学教授で、『ボケたくなければ「奥歯」は抜くな』(青春新書)著者の山本龍生さんが指摘する。
「よくある間違いは、歯ブラシを左右に大きく動かす磨き方です。これを続けていると、歯茎に強い負担がかかり、歯茎がやせて歯の根元が露出してしまう。歯茎がやせるのは加齢だと思っている人が多いですが、原因の大部分は間違った歯磨きによる圧力です」
歯は、人体で最も丈夫な組織だ。それは、表面を強固なエナメル質が覆っているためだが、歯根にはエナメル質がない。エナメル質よりも柔らかい「象牙質」でできているため、力を入れて歯ブラシで磨くと削れてしまうことがある。
圧力に加え、磨き方のクセも歯茎がやせる原因になると話すのは、山田歯科医院院長の山田豊和さんだ。
「『必ず奥歯から磨く』という患者さんは、片方の奥歯だけ象牙質が削れていました。磨き始めの場所がいつも決まっている人は、そこが削れてしまうことがある。磨き始めは歯磨き剤の濃度が濃く、研磨剤の影響で、すり減りやすいのです」
誤った歯磨きは取り返しのつかない健康被害につながる。
「力任せのブラッシングが歯茎を傷つけ、歯茎が下がるにつれて歯根が露出し、象牙質が削れた状態を『楔状欠損』といいます。これは『象牙質知覚過敏症』を招き、ひどい場合は神経を取ることになります」(山田さん)
歯の神経を取ると、象牙質の代謝ができなくなるため歯に栄養が行き届かず、もろくなって、将来的に抜歯につながる可能性が高くなる。