「最期を自宅で迎えたい」。多くの高齢者が望む穏やかな時間を私たちは叶えてあげられるだろうか──。2020年6月5日に亡くなった美容家の佐伯チズさん(享年76)。刻々と変わっていく病状のなか、チズさんと自宅で向き合い、寄り添ったチズさんの後継者である息子の佳之さんはどんな思いだったのか。母との思い出とその胸中を聞く。
「チズコーポレーション」代表取締役の佳之さんは、チズさんの実弟の息子に当たる。IT関連企業で役員を務めた後、チズさんより「佐伯を名乗り、会社を継いでほしい」と言われ、2017年に養子縁組をして息子に。7月にはチズさんの夢だったサロンを日本橋・茅場町(東京)にオープンする予定だ。
病床でも続けたローションパック
チズさんは、2020年3月23日にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたことを公表。「決して諦めない」と、自らの思いを絞り出すように語ってから、わずか2か月半後で旅立った。
いわゆる寝たきりになってしまっても、チズさんの美に対する意欲は失せなかったという。
スタッフたちも「先生にはキレイでいてほしい」と、毎日のように佐伯式美容の代名詞であるローションパックを行っていたため、肌は瑞々しく、キレイをキープしていた。
「体の方はやせ細っていきましたが、いわゆる病人の顔色ではありませんでしたね。これぞ美容家、美肌師としての意地なのかな、というように、私は見ていました」(佳之さん・以下同)
症状が進んであまり話せなくなると、少しだけ聞き取れる言葉から予想をしてこちらから質問をし、首を動かすことでイエスかノーかを引き出していた。
まったく話せなくなってからは、いつも気にしていた仕事のことなどを伝え、表情から意思を探っていたという。
「こちらの顔が見えるよう傍らに立って話すようにしていましたが、スタッフは足や腕をさすったり、マッサージしながら話してくれていました」
5月末になると呼吸がしづらくなり、いつ最期となってもおかしくないという状態になっていった。
「起きているときには、息苦しそうにではあるものの、気丈に『亡くなった主人のところにようやく行ける』などと言っていましたが、聞いている者としては、やはりつらかったですね」