「国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察をいたします」──。6月24日、宮内庁の西村泰彦長官は定例記者会見で、突然、しかし淡々と語った。ざわついたのは、宮内庁担当記者たちだ。気づけば1年以上、天皇陛下から五輪についてのおことばを聞く機会がなかった。記者が発言の意図を改めて尋ねると、西村長官は「私の拝察です」とキッパリ。
狐につままれた形となった担当記者は、「仮に拝察だとしても、これが報道されるとかなり影響があると思うが、そのまま発信していいのか?」と、問うのが精いっぱい。西村長官は動じない。「はい。オンレコ(公表してよい)と認識しています」と答える。
担当記者は「軽い気持ちではない?」と再々度確認。西村長官は「陛下はそういうふうにお考えではないかと、私は本当にそう思っています」と返答。あまりの堂々たる態度に、宮内庁担当の記者らは、それ以上これについて問うことをやめた──。
その直後から、長官の言葉は一斉に報じられ、瞬く間に世間に波紋を広げた。菅義偉首相、加藤勝信官房長官、丸川珠代五輪担当相が、ただちに「宮内庁長官ご自身の考えを述べられたもの」と口を揃えたが、国内のみならず、海外メディアもそうは受け取らなかった。
「米紙『ワシントン・ポスト』は、“東京五輪は天皇から重大な不信任票を投じられた”と報じました」(全国紙記者)
海の向こうの報道を、事情をよく知らない海外メディアの見当違いとは言い切れない。
「そもそも、憲法上、天皇に政治的発言は許されません。だからこそ、これまでも天皇の踏み込んだ考えを表明する際には、直接ではなく、宮内庁長官がその内心を推察して“代弁”する形がしばしば取られてきました。今回もそうであったと考えるのが自然です」(宮内庁関係者)
開会宣言で祝うリスク
象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんもこう解説する。
「西村長官は、陛下の了解を得て、陛下の考えを反映させて発言したことは間違いないでしょう。陛下は、ご自身の発言の影響力を充分に理解されていて、日頃から言葉を慎重に選ばれる。その陛下が、微妙な状況にある東京五輪について、踏み込んだ“拝察”の公表を了解されたことに驚きました」