【著者インタビュー】道尾秀介さん/『雷神』/新潮社/1870円
【本の内容】
《「ゆーちゃん、気をつけないと落っこっちゃうんだからね」/午前十一時過ぎ、買い物から帰ってきた悦子がベランダに声を投げた》。本作はこんな何気ない家族の光景を描いた一文から始まる。28歳、父の経営する和食料理店の見習い料理人の幸人、小学校教師の悦子、4歳の夕見の幸せな3人家族は突然、悦子が自動車事故で亡くなることで暗転する。しかもその原因は、夕見がベランダから誤って落とした植木鉢……。それから15年後、父と娘の平穏な暮らしは、店にかかってきた一本の電話で終幕する。「秘密を知ってるんだ」。そして舞台は運命の新潟県羽田上村へ──。
『雷神』は、山々に囲まれた新潟の羽田上村で30年前に起きた事件をきっかけに、運命を狂わされていく家族の物語である。道尾秀介さんには『龍神の雨』『風神の手』という作品がこれまでにあり、「神」をタイトルに掲げるのは『雷神』が3作目になる。
「マクロで見ると個々の人間が動いていることでも、ぐっと引きで見たら、砂丘がゆっくり全体の形を変えていくみたいに、大きなうねりとして見えるんじゃないか、というイメージをずっと持っていたんです。
自分自身がズームアウトすることはできないかわりに、その世界を自分でつくってみたいという思いがあります。人の感情が複雑にからみあうことで、まったく離れた場所で予想もしないことが起きたり、人が死んだり、あるいは生まれたり、ということがある。そういう世界を書くとき、『神』という一文字がふさわしい気がするんです」(道尾秀介さん・以下同)
映像では表現できない、言葉そのものを使ったトリックが、本作では随所にしかけられている。トリックと見えたものが、実はひっかけだったという、ミステリー好きに向けた趣向も施されている。初めに読んだときと2度目では、作品世界の見え方ががらりと違ってくるところに、本を読む醍醐味を感じさせる。
「作家としてよかったと思うのは、読み手としてのぼくはものすごく普通なんですよ。人の小説を読んで、トリックが見破れたことも、犯人が早々とわかったためしもない(笑い)。自分の小説を読み直しながら書く工程をものすごく楽しめるので、何を書いたらバレるかも、すごくよくわかって細かく調整できるんです」
書き方は1作ごとに異なるそうだが、最後の1ピースまできっちりはまって成立する本作の場合は、ダイジェスト版ぐらいのボリュームのあるプロットをまずつくり、全体を書き上げてから、週刊誌連載にあわせて手を入れ、発表していった。
主人公の故郷、羽田上村にある雷電神社が事件の現場になる。30年前に起きた殺人事件のあと村を離れ、埼玉で暮らすようになった主人公の幸人と娘の夕見、幸人の姉の亜沙実の3人が、真相を知るため、身分を偽ってこの神社を訪れたところに、新たな事件が再び起きる。
雷(ハタ)を連想させる名前のついた架空の村には、独特の空気と時間が流れている。雷が来る気配や、落雷後の銃弾のような雨滴。道尾さんは東京出身なので、何度も新潟を訪れ、こうした情景を緻密に描いていったのかと思ったが、そうではないという。
「地方を舞台にするときは、だいたいひとりで現地に何泊かして取材するんですが、今回はあえて、全部書き上げたあとで、いくつかの場所を見て回りました。
土地の匂いだとか肌に感じる空気が大事な話になるとわかっていたので、どこかにありそうな場所を書いても面白くない。密封された、人間の怨念を感じさせるような場所は、いまの日本からはほとんど消えてしまっていると思ったので、事前取材はしませんでした。物語の核となる雷電神社の来歴をゼロからつくっていったら、あるとき急に村の人々が動き出したんです」